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【国際恋愛/国際結婚】パートナービザから永住権を狙うことをおすすめしない理由ー豪ソーシャルワーカーの観点から
さて、ド級のタイトルをつけてしまいました。
オーストラリアで暮らしていると、渡豪する日本人女性である一定数「現地のオーストラリア人と国際恋愛&結婚して永住権を取得したい!」という方がいらっしゃるように見えます。決して国際恋愛や国際結婚を否定するわけではありません。文化や言葉の壁を超えて関係性を築くのはすばらしいことですし、オーストラリア人と結婚して幸せに暮らしている日本人女性あるいは外国人女性もたくさんいらっしゃいます。
ただ、移民女性は家庭内暴力(Family Domestic Violence/通称FDV)の被害に遭う可能性が非常に高いということを知っていてもらいたいです。豪移民女性の3人に1人がFDVの被害に遭うと言われています。その理由については後述したいと思います。FDVに馴染がない方も居るかもしれませんが、最悪の場合死に至る深刻な問題です。死ななくても、日々の生活や人生に多大な影響をもたらす可能性があります。実際にオーストラリアに来た日本人女性でFDVの被害に遭った方、そして残念ながら最終的にパートナーからの暴力で死んでしまった、あるいは暴力を振るうっていたパートナーが自殺してしまい心に傷を負った日本人女性の方々がいらっしゃいます。オーストラリアではFDVが社会問題となっており、連邦政府関連予算は増額され、私が所属する病院でも専門チームがあります。今年、オーストラリアでは「FDV休暇」なるものが導入され、FDVの関係から逃れるために年間最大10日間の有給休暇が取得できるようになりました。
ソーシャルワーカーとして働いているとFDVの深刻さを思い知ります。これまでに私が病院で見たのは殴られて両目が真っ黒の方、ナイフでひざを刺された方、全身やけどした方(やけどの程度が酷いので後日この方は医学的判断で指を数本切断せざるを得ませんでした)、絶望から自殺未遂した方等様々でしたが、やはり病院ということもあり、暴力の程度が酷いケースが多かったです。
ある程度この国で自立して生活でき、英語も自信がある方であればご自身で助けを求められる可能性が高いので比較的安心ですが、そうではなさそうな方がXの投稿などで「これまで遠距離だったけどこれからはずっと一緒にいられる♡」「彼に何度も愛しているって言われて最高に幸せ♡」みたいな投稿をみるとソーシャルワーカーさりーの警戒レベル急上昇です。非常に盲目的で、現実があまり見えておらず、危険だと言わざるを得ません。その様な投稿をしてる方でないにせよ、Xでは「これはFDVなのでは?」という日本人女性のSNS投稿をちらほら見かけます。意外とFDVは身近なものなのです。
この記事ではFDVとは何か?どんな種類があるのか?という基本的なところから対策できることまで、紹介したいと思います。こちらの記事の内容については啓発の意味も込めて基本的に全て無料公開いたします。
1.パースで起きた痛ましい事件
さて、話をする前にFDVを理由にパースに住む日本人女性が死亡した事件をご紹介したいと思います。この事例は私がTAFEで勉強していた時も取り上げられました。
ワーキングホリデーでパースに来た、Saori Jonesのさんの事例です。サオリさんはワーキングホリデー中に、バス停で旦那のBradleyに出会い、結婚します。その後4歳の娘と10カ月の息子(2010年当時)を授かりますが、アルコール・ドラッグを常習的に使っていたBradleyからの暴力が悪化し、子どもたちと共に家から逃げ出し、女性シェルターに入り、ケースワーカーが付くなど、公的な支援を受けます。2010年12月Bradleyの元に預けていた娘を向かいに行くため、Bradleyの家に行ったところ、彼からの身体的暴力の末、他界。FDV支援のスタッフが警察に何度にもわたり家庭訪問を依頼するも、警察が真剣に取り合ってくれず、死亡後12日経過後に遺体発見。遺体の腐敗が進みすぎていたため、殺人の証拠が掴めず、Bradleyに殺人罪(最大20年の懲役)は適用されませんでした。Bradley は2015年に服役を終え、出所しています。
下記のサイトからこの事件について詳細に説明した動画を閲覧できます。大体31:15頃からサオリさんの事件の紹介です。この事件をきっかけにSaori Lawと言われる法改正の議論が活発化しました。
2.FDVとは何なのか
FDVの定義
国連のHPよりーDomestic abuse, also called “domestic violence” or “intimate partner violence”, can be defined as a pattern of behavior in any relationship that is used to gain or maintain power and control over an intimate partner. (United Nations, 2024)
(訳)家庭内虐待(家庭内暴力あるいは親密なパートナーからの虐待とも呼ばれる)とは親密な関係にあるパートナーから力の支配とコントロールを得る、あるいは持続させるための行動パターンと定義されうる。
内閣府男女共同参画局HPよりー「ドメスティック・バイオレンス」の用語については、明確な定義はありませんが、日本では「配偶者や恋人など親密な関係にある、又はあった者から振るわれる暴力」という意味で使用されることが多いです。(内閣男女共同参画局, 2024)
後述しますが、FDVは殴る蹴るなどの身体的暴力だけだと思われがちですが、精神的虐待、経済的虐待、テクノロジーを使った虐待(追跡アプリをインストールする等)などもれっきとしたFDVです。加害者は上手にあなたの懐に入り込み、感情や思考をコントロールし、気付けば抜け出せない状況になっています。特に外国人の場合、言葉の壁やビザのステータスを「利用」し、どんどん孤立させて助けを求められない状況に追い込んでいきます。オーストラリアで最近よく使われるCoercive control(コイーシブコントロール)という言葉があり、これは継続的な精神的・経済的虐待を通して常に相手を自分の監視・管理下におき、束縛しようとする行為を指します。現在、coercive contolは州によっては犯罪です。
オーストラリアのFDVの9割は女性が被害者と言われていますが、男性の被害者ももちろんいらっしゃいます。男性やゲイ・レズビアンなどのLGBTIQ+の方々の間のFDVは当人が話したがらないため、表に出ることが少ないと言われています。
FDVの恐ろしいところは「誰にでも起こりうる。」というところです。学歴など頭の良さ、社会的地位などは関係ありません。またこれまで関係性が順調だったパートナーや夫婦でもある日突然FDVの関係性になってしまうこともあります。(例:出産で女性が子どもに愛情を注ぐことにより、旦那が嫉妬し、その結果暴力を振るう)私は旦那と仲が良く、自慢の夫婦ですが、それでもFDVの話を聞くたびにこの力の均衡が崩れてしまう可能性は0%ではないと思ってしまいます。
FDVの種類
ここではFDVの種類について紹介したいと思います。これでもまだ一部で、まだまだFDVに該当する行為はたくさんあります。
● 身体的な暴力: 平手でうつ、足でける、身体を傷つける可能性のある物でなぐる、げんこつでなぐる、刃物などの凶器をからだにつきつける、髪をひっぱる、首をしめる、腕をねじる、引きずりまわす、物をなげつける
● 精神的な暴力:心無い言動で相手を傷つける、あらゆることにおいて責める、実家や友人とつきあうのを制限する(孤立するよう仕向ける)、何を言っても無視して口をきかない、人の前でバカにしたり命令するような口調でものを言ったりする、大切にしているものをこわしたり捨てたりする、過度に嫉妬する、ストーカーになる
● 性的な暴力:見たくないのにポルノビデオやポルノ雑誌をみせる、いやがっているのに性行為を強要する、中絶を強要する、避妊に協力しない
● 経済的な暴力:銀行口座を持たせない、生活費を渡さない、働きに出ることを許さない、許可なく相手の口座のお金を勝手に使う
● テクノロジーを使った暴力:パスワードを聞き出しメールやSNS、通話履歴などをチェックする、トラッキングツールを使用して位置情報を常にモニタリングする
● 移民であることを使った暴力:ビザを出さないと脅す、英語を上達させない、自国の家族に危害を加えると脅す
上記は(Women Against Abuse, 2024)を翻訳したものです。
こちらのPower & Control Wheel (力と支配の車輪)は私もソーシャルワーカーのFDVアセスメントで使う図です。こちらを見ていただきながらFDVの詳細を理解するのに役立てます。
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3.なぜ移民女性はFDVの被害を受けるリスクが高いのか
移民女性はローカルの女性よりもFDVのリスクが高いと言われています。なぜなら下記のような難しい状況に直面し、助けを求めることが難しくなるためです。
ビザ失効によりオーストラリア国外に出なければならないという恐れ
(子どもがいる場合)養育権を失う恐れ
公的サービスへのアクセスの難しさ
オーストラリアで定義される人権への理解不足
加害者に経済的に依拠している
(ビザにより)経済的に自立しづらい、家の購入が難しい
言語的・文化的な壁
家族や社会的ネットワークからの孤立
上記は(Centre for Womens' Safety and Wellbeing, 2021)の内容を抜粋&まとめたものです。移民女性は非移民女性よりも孤立しやすく、またパートナーに経済的・精神的に頼りがちになる傾向にあり、これは加害者にとって非常に都合が良いものです。
人権に対する認識も日本とオーストラリアでは異なると思わされることが多いです。日本では「モラハラ」という言葉が良く使われますが、これはオーストラリアではれっきとしたFDVである可能性が高いです。
4.オーストラリアでFDVの被害に遭った場合、どうすれば良いのか
もしいまこの記事をFDVの被害に遭っている方が居たら…まずはこれまで頑張って辛い状況を耐え抜いてきた自分自身の事を労わってあげて欲しいと思います。またどうか周りに話せる方(信頼出来て周りに言いふらさず、優しい言葉をかけてくれる人)がいたら是非その人に話してほしいと思います。またFDVは別れを切り出すと暴力が悪化する傾向にありますので、パートナーとの離別は慎重に行っていただきたいと思います。
まずいま直ぐに命の危険があると考える場合は迷わず000で警察を呼んでください。怪我などがある場合は000で救急車を呼ぶか(保険がない場合は無料ではなく数百ドルかかる可能性があるので注意が必要です、ただし医者あるいはソーシャルワーカーのsupport letterにより支払い免除になる可能性があります)、今すぐ公立病院の救急(Emergency Department, ED)に駆け込み、自分のパートナーから暴力を受けていることを伝えてください。EDのソーシャルワーカーに繋いでくれ、FDVアセスメントとSafety planningをしてくれる筈です。(してくれなかったらそれはダメダメソーシャルワーカーです…)必要に応じて警察のFDV対応チームとも連携してくれ、退院後も安全を守ってくれます。公立病院では無料で電話あるいは対面通訳をつけてくれます。もし帰宅することが少しでも躊躇されるようであれば「家に戻ることは安全ではない。家には帰れない。」とはっきり伝えてください。
今すぐではないけれども「これはFDVかも知れない」「どうすれば良いのか分からない」という場合は1800RespectというFDV専用カウンセリングサービス(24時間、365日運営)もあり、地元の適切なFDV支援サービスに照会(refer)してくれます。電話番号は1800 737 732です。通訳が必要な場合は1800 Respectに電話した後にTranslating and Interpreting Service (TIS) (電話番号は131 450)にご自身で電話して通訳を付ける必要があるようです。
https://1800respect.org.au/accessibility
Women's Domestic Violence Helplineも24/7サポートとしてあります。電話番号は1800 007 339。こちらは通訳が必要な場合はTIS131 450に電話したうえで、TIS側に1800 007 339に電話するように伝える必要があります。
https://www.wa.gov.au/service/community-services/community-support/womens-domestic-violence-helpline
FDVの公的支援(基本的に全て無料)は安全な場所への退避(ウーマンシェルターへの避難)、カウンセリング、リーガルサポート、ビザのサポート、経済的支援など多岐に渡ります。パースのサービスだけでもこれ(下記リンク)だけあり、それぞれのサービスで適格基準(eligibility criteria)が異なりますので、ご自身でやるのは骨が折れる作業だと思います。そのため1800Respectのような事情を聴いて適切な支援に繋いでくれるサービスは重宝します。
https://cwsw.org.au/directory/services/?_region=statewide%2Cmetropolitan-perth%2Cmetropolitan-south-west%2Cmetropolitan-south-east%2Cmetropolitan-north-west%2Cmetropolitan-north-east%2Cmetropolitan-north%2Cmetropolitan-perth-and-various-regional-locations%2Cmetropolitan-south#
残念ながらこちらは結構電話文化で、何でも電話で依頼する必要があります。対面で話したい場合は、警察署によってはFDV対応チームがありますので、そこを頼るのが良いかも知れません。ただしすべての警察署にFDV対応チームがある訳ではありませんので、注意が必要です。上記のリンクに記載されているサービスは事前予約やreferralが必要な可能性が高いですので、必ず事前に問い合わせしましょう。
場合によっては裁判所に行って接近禁止令(Violence Restraining Order, VRO)を出す必要が出てくるかもしれません。自分で直接裁判所に行って手続きすることも可能ですが、必要な場合はCommunity Legal Serviceの弁護士が無料でサポートしてくれます。VROがあると加害者がまた近づいてきた時(物理的に近づくだけでなく、携帯でメッセージを送る等も該当します)に警察がより真剣に対応してくれ、複数回接近したことが確認されると加害者は逮捕されます。一方「加害者からの復讐」を恐れてVROを出すのが怖い、と思う女性が多いのも事実ですし、VROが全てを解決してくれる訳でもありません。
また、日本の領事館も邦人保護という観点で助けてくれる可能性が高いです。ただし、必ずしも領事館のスタッフがFDVのトレーニングを受けている訳ではないと思われるため、どれだけ適切(トラウマインフォームド)な対応をしてくれるかは正直未知数です。
現在パートナービザでオーストラリアに居てかつFDVを受けている方は永住権を申請できる可能性があります。下記のサイトにはSubclass820または309を保持しているあるいは申請した方、そしてSubclass300を保持しているあるいは以前に保持していた方(他にも条件付き)は永住権申請の資格がある可能性があると記載されています。 詳しくは移民弁護士あるいは移民書士にご相談ください。https://immi.homeaffairs.gov.au/visas/domestic-family-violence-and-your-visa/family-violence-provisions
5.子どもができるとさらに問題が複雑化する可能性がある
オーストラリアでは共同親権が認められているため、母親がFDVの被害に遭っても裁判所の命令によって子どもは父親に定期的に会わせなければならない可能性が出てきます。正にサオリさんも子どもを会わせいてピックアップする際に殴り殺されたという事例でした。
FDVの懸念があるから突然子どもを連れて日本に帰る…これは絶対やってはいけません。あなたが「子どもを日本に連れ去った」とみなされて罪に問われる可能性が出てきます。子どもと出国する際は裁判所に対して然るべき申し立てをして、認められたら一時帰国するという手順を踏む必要があります。これは日本とオーストラリアの間ではハーグ条約が締結されているためです。本件についてはパース総領事館も注意喚起しています。https://www.perth.au.emb-japan.go.jp/itpr_ja/custdy.html
上記の通り子どもができると問題の複雑さが一気に高まるため、信頼できる相手かどうか分からないうちは必ず避妊していただきたいと思います。ちなみに相手が避妊を拒んだらそれは性的な暴力(sexual abuse)です。
6.国際恋愛&結婚の前に身に着けておいて欲しいもの
以上の背景を踏まえてソーシャルワーカーの私が思う「これを満たすようであれば国際恋愛&結婚して、万が一のことがあっても多少は安心できる」という条件は下記の通りです。是非参考にしてみてください。
日常会話程度の英語力。英語での電話も可能!
経済的に自立している、あるいは自立する自信。まとまった貯金。
万が一があった場合000で警察を呼び、事情を説明し、身の安全を守る力。
自力であるいは誰かの手を借りて公的サービスにアクセスすることができる力。
いざと言う時に頼れるサポートネットワーク。(英語を話し、現地の公的サービスへの橋渡し役をしてくれる信頼できる友人、ホストファミリーなど)
助けを求める際は強いストレスの中、状況を説明する必要があります。これは母国語でも難しく、残念ながら担当者の当たりが悪ければ真剣に聞いてくれない場合もあります。それでも必要な支援に繋がるまで根気強く説明し、諦めないことが大切です。
まとめ
タイトルに戻るとつまるところ私が言いたいのは、結婚の先にパートナービザとしての永住権があるいのは良いと思うのですが「永住権を取る手段として結婚する」というのはあまりにリスクが高い、ということです。上記の通り、FDVとは命の危険を伴い、日々の生活、そして人生にも影響を及ぼす可能性があります。
「永住権を取りたい!」と思う皆さん(特に日本人女性)につきましては、まずは自力で永住権を取得することを検討してほしいです。パートナービザから、あるいは相手の配偶者として永住権を取得した方についても、いざということがあった時のために経済的・社会的・精神的に自立し、一人でもこの国で生きていける力を身に着けておいて欲しいと思います。
引用
Centre for Women’s Safety and Welbeing. (2021). Snapshot of demand and current issues for women on temporary visas who
are victims/survivors of family and domestic violence. https://cwsw.org.au/wp-content/uploads/2021/11/Snapshot-of-demand-and-current-issues-for-women-on-temporary-visas.pdf
Domestic Abuse Intervention Programs. (2024, December 29).Wheel Library. https://www.theduluthmodel.org/wheel-gallery/
United Nations. (2024, December 29). What is Domestic Abuse. https://www.un.org/en/coronavirus/what-is-domestic-abuse
Women Against Abuse. (2024, December 29). Types of Abuse. https://www.womenagainstabuse.org/education-resources/learn-about-abuse/types-of-domestic-violence
男女共同参画局. (2024, December 29).ドメスティックバイオレンス(DV)とは.https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/dv/index.html