「不思議な薬箱を開く時:薬種・薬剤編」
「牛の尾と深山の茸」
"大荒の中に山あり、豊沮玉門と名付く、日月の入る所。
霊山あり、巫咸、巫即、巫盼、巫彭、巫姑、巫真、巫礼、巫抵、巫謝、巫羅の十巫、此処より昇降す、百薬此処に在り"
古代中国に記されました「山海經」には、
中国のみならず、星界にまで及ぶ、
天地宇宙森羅万象の事が記録されております。
その中に、「大荒西經」という一篇がございますが、
ここに登場致します十巫は、
西北の霊山に住まい、
男女共に、神事、新儀だけではなく、
医療、薬学に優れていたようでございます。
今回は、十巫による数多の薬種、薬剤の記録の中からの、
一種をご紹介させていただきます。
十巫は、常に温厚な性質の雌牛に乗り、
薬種、薬草を探しました。
雌牛が好んで食すなら、
その草木花は、人体にとって毒ではない、と判断致しました。
十巫が乗る雌牛は、都度、薬種を喰み、
呑み込んでいる。
いつの間にか、雌牛の中で、
尾の中程に固い肉腫が生じたものがありました。
十巫は、肉腫を発症した雌牛が、
どのような薬草薬木を食べていたのかを調べましたところ、
灰色と黄色の名も知らぬ茸であったそうです。
その茸を食べていた雌牛の尾には、
固い肉腫が発症していたのです。
十巫は、その肉腫を切開すると、
独特な薬草の匂いを放ち、
まるで、果実のようであったそうです。
試しにひとりが食しましたところ、
身体中の毛穴から赤黒い汗が吹き出し、
一時は倒れ伏しましたが、
じわじわと肌艶が良くなり、
それだけではなく、出来物や腫れ物が、
軽く摩擦するだけで取れ落ちたそうです。
なんと、体内に出来た悪性の腫瘍にも効果を表し、
体外に排出されることもわかりました。
十巫は、灰色と黄色の茸を薬種に使用しましたが、
茸だけでは、薬効どころか、
酷い症状を伴った毒となるばかりでした。
記録には、無残な遺体を何体も焼いて埋葬した、と、あります。
雌牛の体内を通り、
尾に至り、肉腫と化して初めて、薬効を表す。
肉腫が発症してから、5年から6年の期間を有する為、
希少な薬種となっております。
備考欄
名も知らぬ灰色と黄色の茸は、深山幽谷に植生し、
雌牛も、なかなか進めない悪路を行かねばならず、
雌牛が疲労で死んでしまった場合を考えて、
替わりの雌牛を連れて行く必要もあります。
なんとか到着して、灰色と黄色の茸の群生地に到達したとして、
肉腫が発症するまで、
雌牛と共に、その場に留まることになるでしょう。
記録によれば、
ごつごつとした岩場で、その茸以外、
草木花、無し、なのだそうです。
十巫は、採取してきた茸を
散々、研究したらしいのですが、
茸だけでは、
とても優れた腫瘍、出来物の完治、
美肌効果、若返りの効能は現れなかったとあります。
雌牛の体内を通る事、
茸が要因である肉腫であらねばならない、と、
記し残されています。