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書くことで少しでも自由になれたなら

私は昔から書くことが好きだった。

嫌なことがあったとき、
うれしいことがあったとき、
誰にも言えない秘密の話をしたいとき、
どうしようもなく怒りたいとき、
好きな人に何か言われてときめいたとき、

何でも書くことで自分の中から発散(アウトプット)することを好んだ。

このような感情の嵐にまみれた日記帳が
何冊も手元に残っている。

自分には文才がある、
と信じて疑わなかった時期もあった。
今考えると本当に恥ずかしいものだ。

でも、書くことが好きでよかった、と
心から最近思うことよくある。

渦中にいるときの脳みそを少しでも出していたから。
後で見たときにその時沿う感じていた自分自身を見つめることができるから。

そして何よりも私は書くという習慣で、
一つ自由になれるような気がするのだ。

悩み、憂鬱、欺瞞、他人の本音、そして自分自身の本心、やりたいこと、そんな負の感情がループして、私の脳みそを占有したとき、
私は書くことによって少しだけ自由になる。

ごちゃごちゃながらにも私の思想を外に出し、
自分なりに一歩離れて見てみる。

やっぱごちゃごちゃじゃん、って思うだけ勝ち。書いたら少しだけ思考から解放され、
軽くなる、自由になれる。 

それで十分幸せだ。

書くということ、これができてよかった。
これからの未来はまだわからないけど、
こうやって書いていって自分を見る、
ということは続けていきたい。

書ける今に感謝。

今日も書くことでまた一つ自由になれた。


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