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どうやら、僕は営業ができていないらしい
地方の私大を出て東京の自動車ディーラーに就職した僕。
配属された営業部でまったく契約が取れず、ついにはクビ寸前に。
東京で活躍しているハズなのに、クビになり地元に戻るのだけはなんとしても避けたい。
ひょんなことから、伝説の営業と言われる高橋さんのカバン持ちをしながら営業を勉強することになった。
その気づきを営業日誌に残していこうと思う。
「ゴルフダイジェスト、もうで出るかもしれんな。」
営業部長のゴルフ雑誌を買ってくるのが、僕の今日の仕事だ。
本当の仕事は車のセールスだ。問い合わせをいただいたお客様宅を訪問し営業をする。路面店もあるが、出張で訪問する営業部の所属になっている。
営業部に移動になり1年が経ったが、数字らしい数字は上げられず成績はいつも最下位争いをしている。やる気はあるが、ついには新規のお客様との商談を禁止され、部長あずかりの身になってしまった。
ゴルフダイジェストは毎月25日の発売で今日は10日。出てる訳がない。
昨日も出るはずのない雑誌を買いに行った。
「まずい、本格的にマズイ。完全に営業失格の烙印を押されている」
「こんなはずではなかった。」
そんな想いが頭をグルグルまわりながら、昨日とは別の本屋さんに歩いて行く。
「部長、やっぱり発売は25日とのことです。」
「そうか、ありがとな。後はサポートしてくれ」
サポートとは営業マンの契約書をまとめたり納品の準備をしたりする仕事だ。サポート専門のスタッフがいるので、とりあえず配属された僕はサポートのサポートをする。先輩はともかく、同期の契約後の手伝いをするのは正直つらい。
本来営業職である僕の仲間たちは、お客様と商談をしているはずだ。
部長あずかりの僕はとりあえずサポートをしている。
これでも、地元ではそこそこイケていた自信はある。成績もそこそこ、スポーツもそこそこ、ルックスだって捨てたもんじゃない。何よりもコミュ力抜群で誰とでもすぐ仲良くなれるのが自慢だ。
それが東京に出てきてからというもの、どうにもパッとしない。
営業はコミュ力抜群の自分にはとても向いているはずだが、調子が上がってこない。
このままではどこでも使えないやつの烙印を押されてしまう。なぜなら異動は初めてではないからだ。最初の配属はコールセンターだった。お客様の問い合わせを受けアポイントを取り営業マンにつなぐ役割だ。
そこでの成績は散々だった。1日中電話をかけ続けるのは性に合わないし、マネージャーもイヤな奴で「コール数だ、アポ率だ」と数字ばかりで人を判断してくる。
「もっと人間性をみてくれ。」
マネージャーとの面談でこう訴えたが、入社からちょうど1年で営業部に異動になった。
「おい、ちょっとロープレをしてみろよ」
部長の突然の要求に驚いたが、これはチャンスだ。ロープレで上手くできれば現場に戻れるかも。もともとトークは自信がある。
「わかった。もういいぞ」
ロープレの前半で部長から止められたのだ。
しゃべれるのがわかったんだと思ったが、部長の顔は曇っていた。
「お客様の顔は見えてるか?」
部長の質問に僕は戸惑う。
「ロープレなのにお客様の顔?」
答えがでない僕に次に質問がくることはなかった。
サポートのサポートも様になってくると、いよいよ僕の危機感はMAXになりなんとかしなくてはの気持ちばかりが大きくなっていた。
そんな時、会社の役員の高橋さんが来るという話を聞きつけた。
役員なのに現役営業マンで全国を回っている人だ。営業での逸話は社内の伝説になっているほどで、部長も新人時代からずいぶん鍛えてもらったという話をさんざん聞かされたくらいだ。
「これはチャンスだ。なかなか会えない人だけど、今は部長の近くにいるので話ができるかもしれない。そうしたらいろいろ教えてもらって、営業に返り咲きだ。」そんなことを考えながら、その日がくるのを待っていた。
「ご無沙汰しております。また、焼けましたね。今回は何日くらいいらっしゃるんですか?」部長がこんなに頭を下げるのは見たことがないくらい丁寧な対応だ。その先にいる役員の高橋さんは50代の普通の人にしか見えなかった
どう見ても普通の人だ。
感想はそれ以上もそれ以下でもない。バリバリの凄腕営業マンを想像していた僕は肩透かしをくらったが、待ちに待ったタイミングが来た。
「高橋さん、ぜひ商談に同行させてください。」
あいさつもそこそこに、同行を願い出た僕に驚いた顔をしたが
「面白いもんじゃないよ。それでもよければ」
とOKをしてくれたのだ。
話を聞くだけのつもりが勢い余って同行を願い出てしまったが、結果オーライだった。
部長の方が驚いていたが、そんなことをいうやつは珍しいとやる気を買ってくれ、一緒にお願いをしてくれたのも嬉しかった。
僕の役割は運転手兼契約後のサポートだ。
この経験が僕の営業人生を180度変えることになるとは、この時はまるで想像もできなかった。そう、僕の愛読書の「夢をかなえるゾウ」のガネーシャのような存在、高橋さんから教わったことは今でも大切にしている。
売りたければしゃべるな
初日の商談は正直肩透かしだった。
高橋さんときたらお客様の話を聞くばかりで、ロクにプレゼンもしない。
明るいお客様だったので話は盛り上がり、これといった決めてもないまま契約の運びになった。
正直、契約をいただけたのも紹介だからだと思った。
高橋さんはリピーターか紹介のみの商談だと聞いてそりゃ決まるよと内心思った。だいたい伝説の・・何て言うのは尾ひれ背びれがついて大きくなるものだ。
帰社後、部長にどうだったか聞かれたが、高橋さんの顔をたてて「凄かったです。勉強になりました」と答えておいた。
2日目の商談もやはり話を聞いてばかりで、たまに質問をするくらいでプレゼンはほどんどせずに契約になった。今日は穏やかで物静かな雰囲気で、盛り上がりもさしてないまま契約になった。クロージングでは同行しているこちらが不安になるくらい沈黙の時間があったが、高橋さんは黙ったままなのに驚いてしまったくらいだ。
このままでは何も学ぶことがなく終わってしまうという焦りもあり、帰りの車中で質問をしてみた。
「なぜ、お客様が黙っているときに押さなかったんですか?断られそうな感じもありました。どうしたら決めてもらえるかとか聞かないんですか?」
今思えば失礼な質問かもしれないがその時は本当に解らなく、そして物足りなさもあった。
高橋さんは、ゆっくりとしかし、しっかりとした口調で答えてくれた。
「お客様は自分なりに商談を整理して、契約した後の事ことを考えられていたから黙っていたんだよ。そこで条件で押したりしても逆効果になるしね。」
「もちろん商談中で腑に落ちないところがありそうなら再度お話するけれども、あのお客様は都度、しっかり理解されていたと思うよ。テストクロージングの時にご自身で問題点をあげられていたじゃない?」
テストクロージング?そういえばそんな事を教わったことがある。
クロージングの前に見込み度合いを確認するやつだ。
そういえば、テストクロージングのあと商談が一気に進んだ気もする。
でももう少し押してもいいんじゃないかなと考えていると、頭の中を覗いたかのように高橋さんが話だした。
「君は普段、もっとたくさんお話をして、押す商談をしているのかも知れないね。そこでお客様の顔は見えてるかい?」
部長と同じことを言われハッとしたが、意味は解らなかった。
「部長にも同じことを言われたのですが、正直わかりません。いかにいい商品かを説明して、お得な条件を出せるかが営業として重要なことじゃないんですか?」
車を静かなところに停めると、高橋さんがゆっくりと話はじめた。
「いい商品かどうかはお客様によって違うよね。家族構成や使い方によって必要なものは変わる。何年使うかも重要になるじゃない?そうすると、まずはお客様の話をたくさん聴いて何を求められているかを知る事が必要になる。」
「それにお客様はプロではないので、判断材料も限られているので時に間違った判断をしてしまう。本当に必要なモノをご提案するのがプロとしての私たちの役割だよ。だから話を聴くことが大切なんだ。」
「売れないセールスの大半がしゃべり過ぎななのって知ってた?」
最後にニヤリと僕の顔をみたが、図星すぎて下を向いてしまった。
僕は、勝手に判断して人気の商品をお得な条件で押すだけのよくしゃべる営業マンだった。
しゃべらずに聴く
言われてみればその通りだが、果たしてそんなに上手くいくのだろうか?
「それから注意しないといけないのは、ただ聴くだけでは足りないんだ。
お客様に必要な商品を選ぶために必要な情報はこちらから取りに行かないといけない。質問をしてお客様の中から答えを探し出すんだよ。これも訊くだね。商談はしゃべることよりも聴くと訊くことなんだ」
なんだか、今まで自分の営業とは違い過ぎて整理できないけどいつの間にか高橋さんの言葉に引き込まれている自分がいた。
もしかしたら高橋さんは僕にとっての夢をかなえるゾウなのかもしれないと思い、ひとつずつ実行していこうと決心した。
この日の自分の営業ノートにはこう書いた
営業日誌
7月26日
売りたければしゃべるな
商談は聴くと訊く
・お客様にとっての最適な商品を提案するために、話をよく聴く
聞くは聞こえているレベル←僕はココ
聴くは傾聴する。深く聴く。←目指すはココ
・ただ話を聴くだけではダメ
商品選定の必要な要素を訊く←質問してお客様に考えてもらう
・人は自分の言葉で納得する。営業マンの言葉ではない。
そのためにも質問はとても大事