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「Illusion」グレゴリー・ポーターの失意と光明

アルバム『Water』リリース10年の節目に。ヴォーカルジャズ界に彗星の如く現れた恐るべき才能。耳と顎を覆い隠すアイコニックな帽子とヴォーカリスト離れしたパンプアップ度合いには、彼の失意と光明の歴史がしっかりと刻まれています。アルバムのオープニングを飾る名曲「Illusion」が纏うただならぬ空気感と共に紐解いてまいります。

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(画像引用:College Football News)

出身校・サンディエゴ州立大学アメリカンフットボールの名門。氏も奨学金を付与されるほどの有望選手でしたが、1年次の怪我が致命傷となりプレーを断念。そこに追い打ちのように実母の死が襲い掛かります。とある記録によれば、氏に音楽を嗜むよう進言したのは紛れもなく彼女であったのだとか。途方もない失意の中にほんのわずかな光明。

ブルックリンに移住してからは、兄のレストランで調理人として働きつつも本格的な音楽キャリアをスタート。かのCharlie Parkerがライブ盤を残した聖地としても名高いニューヨーク市ハーレムの老舗・セントニックスでレギュラー演奏を重ねる中で、現在のバンドメンバーとの運命的出会いを果たしてゆくことにもなります。

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(画像引用:http://www.stnicksjazzpub.net/pages/eventCalendar.html)

曲名「Illusion」の意味するところ。和製英語的に理解すれば何か壮大なスペクタクルを想起させるワードですが、本国アメリカにおいてはどうでしょうか。幻や幻想、つまり脆く儚いものの象徴。これほど巧みなダブルミーニングはありません。プリミティブなピアノとのデュオ編成で紡がれていく、氏の数奇な人生あるいは死生観。

後に続くバンド編成の妙曲「Water」への重要な布石ともなっています。生命がしばしば水に例えられることから察するに、亡き母へのアンサーソングとも捉えられるでしょう。音楽を愛する母から受け継いだバトン、フットボール選手の夢を繫ぎ止める新たなバトンとして。水流は収まることなく勢いを増していくのだというのだという決意表明でもあるか。

大学卒業後に楽器を転向しアルトサックス奏者として本作にキャスティングされている名手・佐藤洋祐氏にも、何か運命的な巡り合わせを通じずにはいられません。氏と通い合う部分があったでしょうか。考察を深めるごとに増していく必然性だらけの世界観は、10年経ってもなお全くと言ってよいほど色褪せることがありません。


2020年5月11日

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