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deux fleurs de cerisier

天城雪彦は、ゴールドコーストの海岸を歩いていた。
心臓の状態は、自分で鼓動を感じるだけで、理解できていた。
日本で繋いだ命だったが、余命はさほど長くはない。

雪彦のダイレクトアナストモーシスなら、閉塞率は極めて低い。
だが、エルカノと佐伯教授の手技は、完ぺきではなかったのかもしれない。
残された右内胸動脈を使用して、閉塞した冠動脈を完治できたが、
他の冠動脈が狭窄したのかもしれない。

雪彦は、体中の動脈をグラフトに採取された徳永のことを思った。
自分が東城大に残れば、佐伯も弟も同じことを繰り返すかもしれない。
そして、何よりもジュノが自分の病状に翻弄される。
いずれにしろ、延命であって完治は難しいだろう。

だから、何も言わずに日本を離れた。

忠犬のジュノが拗ねているのが目に浮かぶ。
雪彦はオレンジに変わり始めた水平線を見てながら、ふっと笑った。

これでいい。
自分の日本での役目は終わった。
もう、思い残すことはない。
弟の心臓の中で、自分もずっと一緒にいられる。

その時、雪彦の心臓が締め付けられた。
心筋梗塞の発作だ。
薄れゆく意識の中で、産みの両親、育ての両親の顔を浮かぶ。
両親たちに抱き寄せられるように、、、

雪彦は砂の上に倒れた。



雪彦が目覚めると、ベッドの上にいた。
広い窓から、青空が見える。
まだ生きているのか・・・

「目が覚めたか」
それは、弟の声だった。
征司郎はゆっくりと、雪彦の視線の方に回り込んだ。

二人は見つめ合う。
こうして意識がある中で対面するのは、久しぶりだった。
そう、30数年ぶり、引き裂かれたあの日以来だった。
一卵性双生児だから、髪の色を除けば、鏡の中の自分と瓜二つ。
雪彦は生きていることが不思議な想いで、弟を見つめた。
「また助けてくれたのかい」

「いや、ここの医者がな。ただの応急処置だ」

征司郎は雪彦にタブレットを渡し、心臓の画像データを見せる。
「これはひどい。よく死ななかったものだ」
雪彦は、切なそうに笑う。

「だが、いずれ死ぬぞ。近いうちにな」
征司郎は、悪魔のように言い放つ。
「ははっ、さすが東城大の悪魔だ」
雪彦は嬉しそうに弟を見る。
「おれはオペで患者を殺したことがない。だから、死なせない」
あいかわらず、ひねくれた言い回しをすると雪彦は思った。

雪彦は、一人で逝くことにを選んでいた。
それが本当の家族を失った自分らしいと思っていたのだ。

だがこうして、弟が会いに来た。
このゴールドコーストで、治療にあたるつもりらしい。
壊されてしまった家族だったが、
最後の時を、残された弟と過ごすのも、悪くないと思った。


エピローグ

征司郎は、「日本人は米出てきている」といい、
雪彦に日本から取り寄せた米と納豆を食べさせた。
納豆は血栓溶解作用があるそうだ。










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