あなたのことを、つれづれに No.5
No.5 サトコさんたち
私たちの秘密をこっそりお伝えしたいと思う。実は私たち、SDDの仲間なのだ。
二十代半ば頃、路地裏の小さなレストランで少しだけ働いたことがあった。サトコさんは以前から店の常連で仕事帰りによく夕食をとりに来てくれた。学生の多い土地柄からか、その店にはサトコさんをはじめ同年代のお客さんがよく訪れた。毎夜顔を合わせるうちにお客さん同士が友人のように仲良くなって、その話の輪に加わることも仕事の楽しみの一つだった。
サトコさんはまだ慣れない私に自分から話題を振ってくれて、年齢も近かったので遊ぶときに声をかけてくれるようになった。深夜手前にバイトが終わると厨房を出てエプロンを外し、サーバから注いだビール片手にカウンター席に座る。サトコさんや数人の残った若いお客さんたちと、仕事のことや音楽、好きなもののことについて、とりとめもなく語りあった。
ある夜、サトコさんとばったり会って、鴨川デルタ(高野川と賀茂川が合流する三角州)の石段に腰かけぽつぽつと話をした。近くのコンビニで買った缶ビールは水滴がついてすぐに生温くなった。賀茂大橋を通る車のヘッドライトが暗闇に点を描き、信号の橙、赤、青緑が瞬いた。日常のなかの何気ない瞬間が後から振り返ると忘れられない記憶になることは、多くの方の経験するところだと思う。この夜もまた、そんな光景の一つになった。ほろ酔いで交わした言葉のいくつかは記憶から抜け落ちてしまったが、夏の夜の毛穴が覆われるような空気とごおごおと低く流れる水の音、滲む光の眩しさを今でもときおり懐かしく思い出す。
さて、冒頭のSDDとはすなわちS(すてき)・D(デート)・D(同盟)の略称である。
私たちがカウンター越しに恋バナで盛り上がった翌週のこと、店を訪れたサトコさんはおもむろにそれを取り出した。はい、と皆に手渡されたものは、SDDという文字を入れてラミネート加工された猫を模した5センチ四方のカードだった。サトコさんは「すてきなデートがしたい!」と意気込んでいた私たちのために「すてきデート同盟」の会員証を作ってきてくれたのだ。
何気なく話したことをかたちにしてくれる大人の遊び心は温かくて楽しい。手の中の会員証は小さくてかわいくて私はとても嬉しくなった。互いに「社会人」として知り合いながらも仕事や目的意識のためではなく、ただ一緒にいて楽しいから時間を共有する。そんな十代のような人づきあいは何歳になってもできるのだ、と私はサトコさんたちとの出会いで教えてもらった。
ところで、デートとは英語で「人と人とが会う約束をすること」の意味も持つ。恋人はもちろん、親しい友人、自分の家族、気の置けない同僚に知人や仲間たち、皆さんが周囲の大切な人たちと、S(すてきな)D(デート)を楽しむときは、会員証が手元になくてもSDDの仲間になっているに違いない。
(2021.6.1 左京ゆり)
※この記事は自分のWebサイトからnoteに転載したものです。記載内容は2021年時点のものとなります。
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