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緋田美琴さんとメンデルスゾーン「情熱」+LMEの「情熱」について
283 Production LIVE Performance [liminal;marginal;eternal](以下「LME」)のライブのオープニングに、メンデルスゾーン「情熱」が用いられた。そう、あの「情熱」である。主にシーズイベント「OO-ct. ──ノー・カラット」で用いられた、あのピアノ曲である!!!!!
昨年の11月に、音楽の視点から考えるシーズの考察、エッセイ、漫画本を作った。私はシャニマスおたくなのだが、同時に音楽おたくでもある。シャニマスおたくも音楽おたくもドン引きするような本を目指して、愛をこめて作った。(私からすると)いい本なのだが、私のうっかりによって誤植をしてしまった。見逃せないほどの誤植だったので、該当箇所をnoteに載せようと考えていた。
その該当箇所が、ちょうど(?)緋田美琴さんとメンデルスゾーン「情熱」についての内容だった。
LMEを見ていて思った。
LMEの「情熱」についても書きたいことがたくさんある!!!!!!!
ので、このnoteは、
・緋田美琴さんとメンデルスゾーン「情熱」について(2024年11月印刷、耶馬野同人誌「希求 シーズと音楽」より ※訂正版)
・LMEの「情熱」について
扱っている。考察、というよりも、考察とエッセイ、のつもりで書いているので、読んでくださるあなたもそのつもりで読んでくださると嬉しい。
激しく、急き込んで/歩くような速さで、動きをもって【緋田美琴さんと「情熱」】
メンデルスゾーン「情熱」。
シーズイベント「OO-ct. ──ノー・カラット」の予告動画とともに流れたピアノ曲である。急くように流れていくピアノの音に息を止めながら予告動画をみたあの時を、今の私はニヤニヤしやがら思い出せる(ニヤニヤできるようになって良かったよ本当に)。
「情熱」はメンデルスゾーンが作曲した「無言歌集第3巻」の中の一曲である。「無言歌」とは名の通り「言葉がない歌」という意味であり、口ずさめるようなメロディーがあることが特徴的だ。無言歌集は全部で8巻あり、その中の第3巻は全部で6曲ある。「情熱」は6曲中5番目の曲だ。
音楽的な分析はそういう論文をよんでもらうことにしておいて、シャニマス的な視点でこの曲を考えたい。
調はa moll(イ短調)。明るい調に転ずる場面は無い(わずかに明るい調が顔を出すところはある)。
心の奥の深いところを燃やしながら、急くように歌っている曲だ。
左手は止まることなく音を鳴らし続けている。楽譜をみてみても、左手に休符はない。というか、1拍以上伸ばすところもない。常に音を鳴らしている。弾いてみると左腕が本当に疲れる。何かに取り憑かれたかのように踊り続ける美琴さんの足のようだ。
右手はメロディーを奏でている。無言歌、ということもあり、メロディーラインがはっきりとしている曲だ。しかし右手はメロディーだけを演奏している訳ではない。楽譜を見てほしい。
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末尾)より冒頭部(耶馬野が音符を灰色に加工しています)
メロディーを黒色の音符で、メロディーではない音は灰色の音符で表した。
メロディーではない灰色の音符は、左手の止まらず踊り続けている音符の仲間なのである。なんとこの曲、左手だけではなく右手も鳴り続けているのだ。
そんな訳で、この曲は決して簡単な曲ではない。この難易度の高い曲を美琴さんが中学生の時(14歳で上京しているし、多分13、14歳なんだろうな)に弾いていたなんて……。本当に毎日毎日研鑽を積んだのだろう。かけた時間を思って目眩がする。部活はきっとやっていなかったのではないか。夜はピアノを練習できないから(防音室があれば話は別だが、北海道ならおそらくそうではないだろう)。
「情熱」という題は、メンデルスゾーンがつけたわけではない。この曲を聴いて、周りがつけた名前だ。通称、ってやつである。メンデルスゾーンは本当はどう思ってこの曲をかいたのか。「美琴さん、熱心に練習しているね」と周りから言われる美琴さんは、どう思って練習を重ねているのか。 「情熱」の曲には「Agitato」という音楽記号が書かれている。意味は「激しく、せきこんで」。美琴さんの過去に思いを馳せてしまう。
5曲目「情熱」の曲の次の曲は、「デュエット」という題がつけられた曲である。え……ちょっと……ちょっと!!!!! ありがとうじゃん。嬉しい。
この「デュエット」という題は、メンデルスゾーンがつけた題である。今の美琴さんが、にちかさんと一緒に歌うことができていて、「私はにちかちゃんと一緒に歌っている」って、ちゃんと自覚していたらいいな。2人の歌を、自分で「デュエット」と呼べるように。
「デュエット」の音楽記号は、「Andante con moto」。意味は、「歩くような速さで 動きをもって」。
ちょっと……え……すごくないですか? これがアイドルマスターシャイニーカラーズってやつなんです?
音楽はとまらない。だから黙って聴いていて。【LMEの「情熱」】
LMEのオープニングで、メンデルスゾーン「情熱」が用いられた。LMEのライブの冒頭部はYouTubeで無料公開をしてくれているので、まだ見たことないよ〜って方はぜひ見てみて欲しい。アイドルたちがそこにいるので……。
LMEは[never;1]、[odd;2]、[or;3]、[even;4]の4公演ある。その全ての公演のオープニングで「情熱」が用いられた。
いや、この言い方ではヤバさが伝わらない。
「情熱」は「情熱」でも、4公演、全て異なる演奏の「情熱」が用いられているのである。
おい、lmeの冒頭ピアノ、演奏全部違うしショートカット位置も違う 気持ち悪い!!!!!!!!!!!!!!(大興奮)
— 耶馬野 桜⛰🌸エキスポ通販 (@yama_to_sakura) January 17, 2025
分かりやすく言えば、わざわざ表現を変えた「情熱」を4種類練習して、4種類演奏して、それを4種類録音して、4種類編集して、そうしてその4種類それぞれの演奏時間に合わせて映像をいじっているということだ。一つの映像をつくって4公演で使えば4分の1の労力なのに……。目眩がする。
※実際はどのようにしてあの音源が用意されているのか分からないが、ここでは私的に一番大変じゃないやり方で書いた。あの繊細な音源を打ち込みで作るのは……気が遠くなるので……。
「情熱」が用いられている場面はYouTubeで見られるので、ぜひ比較して確かめてほしいのだが、ざっくりとどんな演奏なのか紹介する。
[never;1]
4公演の中では一番「模範的」な演奏。音の粒も安定しており、演者は専門的にピアノを弾いていることが分かる。「完璧」に近い演奏であるといえよう。
強弱やアーティキュレーション等の表現も楽譜に忠実であることが伺える(ピアノ曲は使っている楽譜によってアーティキュレーション等が異なるため、断定はできませんが……)。楽譜通りではないことを挙げるなら、「楽曲の一部がカットされている」ということ。曲が終わる少し前の箇所が違和感なくカットされている(これは後述)。
[never;1]の演奏が、4公演の「情熱」の基準、と私は思っている。
[odd;2]
[never;1]の演奏に比べて拍感を感じる演奏だ。この曲は6/8拍子なのだが、強拍にあたる1拍目と4拍目がアクセントがついているように感じられる。テンポの揺れは全く無い。意識的にインテンポで演奏されているのだろう。その効果か、無機質な演奏のように感じる。初めて聞いた時には、行進曲のようだ……と思った。
[odd;2]の演奏は、[never;1]の演奏と同じように楽曲の一部がカットされている。カットされている箇所も一緒だ。
[or;3]
[odd;2]の演奏とは打って変わって、「やりすぎだ!!」ってくらいテンポが変化する。強弱やアーティキュレーションのつけ方も大胆だ。言い方は悪いが、「プロではなく、ピアノ愛好家の人が、感情をめためたに込めたちょっとくどい演奏」という印象をもった。そこそこ難易度の高いこの曲を弾けるような人がこんな演奏するかな?という違和感。この演奏を用意できるのすごすぎる。どんな依頼をしたんだろうか……。気になる。
[or;3]の演奏も、[never;1]の演奏と同じように楽曲の一部がカットされている。カットされている箇所も一緒。
[even;4]
[never;1]、[odd;2]、[or;3]の「情熱」は一部がカットされている演奏なのだが、[even;4]はどこもカットされていない。4公演の中で、[even;4]の演奏だけが、楽曲のカットが無い演奏だ。
しかし楽譜通りの演奏とはいいがたい。和音の音は間違いだらけ、装飾音をなくしたり、細かい音をまとめたり、1オクターブ異なる鍵盤を用いて演奏したり、と、「ん?」と思う箇所もたくさんある。
しかもテンポがびっくりするくらい速い。何かに追われているかのようだ。私は「誰かに聴いてもらうためではなく、ストレス発散のため、自分のために弾いている演奏みたい」と思った。私のストレス発散演奏にとても……よく似ていたので……。
以上のように、4公演の「情熱」はすべて異なる演奏が用いられている。
ちなみに、enzaで用いられている「情熱」はLMEでは用いられていない。楽曲のカットの場所も量も違う。LMEの演奏は、「enzaのコミュの電子ピアノの演奏」ではない。LMEの、LMEだけの演奏なのだ。
LMEのオープニングは、enzaのコミュのリフレインではないことを前提として、ここからはシャニマスの視点から思ったことを挙げていこう。
・LMEに触れていると様々なところで出会う、
「完璧・永遠であることは美徳であり
彼女達は幾度も到達の機会を与えられる」
の言葉なしには語れない。この言葉はLMEのテーマとも考えられる文章である。何なんだこのコンテンツは。
・LME4公演の「情熱」で「完璧」であるといえる演奏はあるのだろうか。
・真っ先に思いつくのが、[never;1]の演奏だろう。上記のように「完璧」に近い演奏だ。
しかし[never;1]の演奏は「楽曲の一部がカットされている」。
・欠けている箇所について思いを馳せよう。
欠けている箇所は、終わり部分ちょい前のところ。「情熱」の曲中で唯一の動きをしている。私はここのカットされている箇所のことを、「何回も何回も挑戦して、必死に手を伸ばしても伸ばしても、届かない」場面だと勝手に思っている。でも、一瞬だけ「届く」ときがある。「情熱」で唯一と言ってもいい、明るい和音(長調、Dur)が、一瞬だけ登場するのだ。明るい和音が一瞬なると、奈落に落ちるようにさっきの短調に戻ってしまう。そうして、諦めるかのように、消えていくかのように、この曲は終わる。
・この、「情熱」の、この箇所がカットされているのである。「何回も何回も挑戦して、必死に手を伸ばしても伸ばしても、届かない」場面、そして、一瞬だけ「届く」ときを。
・そんな「情熱」が、LMEにおいて「完璧・永遠であること」なのだろう。淡々と、粛々と、何も起きずに、続いていく演奏。「欠けている」演奏なのではない。わざと排除している。だからこそ、[never;1]の演奏は「完璧・永遠」でいられるのだ。
・……と、私は思いを馳せた。思いが高まりすぎて暴走している可能性が高い。
・でもカットされている箇所をぜひ聴いてほしい。「オア…………」ってなるから。
・この「何回も何回も挑戦して、必死に手を伸ばしても伸ばしても、届かない」場面、そして、一瞬だけ「届く」とき、のところを以前の私が漫画にしていたこともあり、「美琴さんの積み重ねた時間と努力と狂気を無かったことにするな!!!!!!!!!!」とLMEの演奏を聞いて勝手にキレていました。
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・[even;4]の演奏だけは、「何回も何回も挑戦して、必死に手を伸ばしても伸ばしても、届かない」場面、そして、一瞬だけ「届く」ときのところをカットしていない。排除!!!されていない!!!!!
・それはそうかもしれない。「美琴さんの不在」にまつわるいろいろは、LMEの「完璧・永遠であること」から外れている。「完璧・永遠であること」のために、排除されるべきことだ。
・でもLMEでは「美琴さんの不在」がおきた。
・[even;4]の演奏は、「完璧・永遠であること」への否定、の演奏だといえよう。「何回も何回も挑戦して、必死に手を伸ばしても伸ばしても、届かない」ことを、一瞬だけ「届く」ときが訪れたとしてもまた手を伸ばし苦しむ姿を、[even;4]の演奏は排除しない。音符も、テンポも、強弱も、完璧でない。それでいいのだ。アイドルたちは「永遠・完璧」ではない。手を伸ばし続け苦しむ姿も、美しい。
・キレていた私もニッコリです!!!!!!!!
・むしろ怖い。
・[odd;2]と[or;3]の話が遅くなってしまった。
・一番言いたい話をしてしまったので、ここからはゆるゆるいこう。
・[odd;2]の演奏は、完璧・永遠であることは退屈ではないか?という問いかな、と思っている。同じテンポで、同じように演奏されることが、果たして「良い」といえるのか。
・[or;3]の演奏は、どうしても[odd;2]のにちかさんの頑張りと、美琴さんの心の揺れ、ルカさんの想いを感じてしまう。感情をめためたにこめた演奏。ここらへんから「完璧・永遠である」ことの否定が見えてくる気がする。
・羽那さんとはるきさんがトップバッターであることの良さよ。アイドルはじめたて♪フレッシュな二人♫から始まるライブ。過去にいなかったアイドルが先陣をきって歌うライブ。「完璧・永遠である」ことの否定をビシバシ感じる。
・ここまで書いてたら満足してきた。お付き合いいただき大変感謝です。
・アイドルのオーディオコメンタリーが私を待っている。みなさん、ともに見守りましょう。
(2025/02/13追記)
マシュマロで「一瞬だけ届く明るい和音はどこか」、という質問をいただきました(ありがとうございます)。確かにその音が気になってもすぐに聞けないのはよくないな、と思ったので、こちらでもお伝えします。
YouTubeの[even;4]の演奏だと、17:42のところです!!!
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この明るい和音の後に「ジャーン!!!」って暗い和音を弾く4公演目の演奏、やりすぎで面白い(普通こんなにでかくひかないし伸ばさない)。 ちなみに、YouTubeの[even;4]の演奏17:30くらいから、今までカットされていたパートが始まる。1〜3公演の演奏はカットがうますぎて全く違和感がない上に、[even;4]の演奏は不安定すぎて、気づきづらいよなあ……とマシュマロをいただき思いました。よかったら聞いてみてください!
私の本と参考文献
ひとつめの話とさっき言ってた漫画が載っている本です。シャニマスおたくも音楽おたくもドン引きするような本を目指し、愛をこめて作った、(私からすると)いい本です。音楽の視点から考えるシーズの考察、エッセイ、漫画本です。40ページ500円。よかったらどうぞ。
(話は変わりますが、BOOTHで同居人の「アイドル論とシャニマスの論説本」も取り扱っています。がっつりアイドル論、がっつり論説本です。シーズ×音楽本が好きな方はおそらく好きなので、よかったら一緒にどうぞ)
【参考文献】
・『新訂 標準音楽辞典 第二版』堀内久美雄(音楽之友社,2008)
・『メンデルスゾーン 無言歌集 原典版』(ヘンレ社,2009)
・IMSLP ペトルッチ楽譜ライブラリー「メンデルスゾーン 無言歌集第3巻 Op.38 5.イ短調」https://s9.imslp.org/files/imglnks/usimg/9/99/IMSLP109646-PMLP02673-Mendelssohn_Werke_Breitkopf_Gregg_Serie_11_Band_4_MB_77_Op_38_scan.pdf (最終閲覧日2023/9/10)