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暗号を解く
さて、そろそろもう1つの方のブログも残り2つのテーマを書いておかなければ。
と思いつつも。
10代から関わってきた場と言うもの。
止まって思考したことは無かった。
全ては場の中で起きたと言っても過言ではない。
色んな人が場に関わって来たけど、
1つ僕の関わる場と言うものの特徴は、
宇宙、人間、生命の源、本質に迫るもの、
ひたすら掘り下げ、潜り、果てまで行く営み。
だからこそ全てを教えて貰った。
全てを見せてもらった。
面白いことに場が最初に見せてくれたのはゴールであり、答えだった。
プロセスや式は後で時間を掛けてやれと言わんばかりに。
もし、場を作品として表現するなら、
「エンディングから始まる映画」だろう。
僕の師は人間や生命や宇宙をジグソーパズルと表現した。違うそれぞれの形がピッタリ収まって1枚の絵になる、どのピースも欠けてはならない、違うからこそピッタリとひとつになる、と。
その頃、ボクは場の中にいて、それぞれの個性をとことん見つめてきたので、この世界観に反発した。
直接批判もした。
ピッタリなんて収まらせてはねらない。
1つの絵なんかになってはならない。
そしてなによりその1つのピースがそこにしか居られないはずがない。と。
僕は場の中で圧倒的な個性と多様性の世界の豊かさを見つけていた。
もっと先まで行かなければ、と。
しかし、今、別の角度から僕はジグソーパズルの例をあげたい。
世界とは、宇宙とは、生命とは、場とはジグソーパズルの様に初めに完成図を見ている。
そこにピースを当て、埋めて行く。
この世界も生命も数式ではない。と多くの人が言う。
しかし、僕は見て来た。
それはまるで数式のようだ。数式を超えた数式。
それはまるで推理小説の様だ。
僕らはマスターピースを探している。
いつでも謎解きの様に生きている。
「エンディングから始まる映画」
伏線回収の旅。
母川回帰。
今でも密度は違えど場には立っている。
そして、最近やっと見えたこともある。
またまた目から鱗で、これからはこの見解もしっかり入れてやれると思うと嬉しい。
答えだけ知っていても駄目なものがある。
もっと手前のところをやらなければならない場面もある。
僕の場は深いものを扱うの時は強いが、浅いものにはやや弱くもあった。あくまでややだけど。
そのピースもついに手に入れた。
面白い。
場は謎解きの醍醐味だとつくづく思う。
一生遊べる。
ここ数年でまたシェアしたいものも増えて来た。
人間は面白い。
難解さ厄介さも含めて面白い。
そして、全ての仕組みは意外と単純なものでもある。
全てはシンプルである。
すなわち、全ては美しい。