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2年前の今日
急に寒くなった。
故郷の金沢は雪とのこと。
なかなかブログも書けていない。
サッカー見て、やっぱりメッシの動きは凄い、とベストパフォーマンスについて語りたくなった。
井上尚弥も然り。
世界戦でノーガードとか手を後ろに回しちゃうなんて、それこそ前代未聞、世界初じゃないかな。
それくらい次元が違っていたし、最後のラウンドなんて決めに行って決め切る訳だから。
まあ、ベストパフォーマンスね、また今度かな。
なにせ何十年とね、ずっと人のベストパフォーマンスを引き出す仕事やって来たからねぇ。
先日、こどものアトリエで久しぶりに東京時代や信州時代の様に場に入っていた。
場について何度も書いてきたけど、こう言う仕事は出来る人がいない。なかなか。
そして、色々役割ある方たちには伝えては来たけども、そうそう教えられるものでもない。
身体の使い方、心の動かし方、相手の見極め方、やはり10代ぐらいから命懸けで訓練しなければものにならない。人間の心を扱う、それも深いところまで潜ることは危険なことであるのは当然だけど、それ以上にしっかり入れるか、見えるか、と言う基本がちょっとの違いが大きな違いとなる。
2020年の今日の投稿を振り返ろうと思うが、2年前が本当に遠い昔のよう。この頃体感していた様な場からの接続から離れて行く感覚はもうなく、寧ろ接続の種類が変わったと言うのが正確な様だ。
2020年12月10日、Facebook投稿より
疲れなのか、体調が良くない。いや、それ程悪くも無い。
場に立っている夢を何度もみる。
みんなと一緒に話している場面も。そこでは自由で身体も軽い。現実と全く変わらないような自然な夢。でもこんな夢を見たことは殆ど無い。離れたから楽屋裏話もするけど、場は24時間営業。例えば週に2日、4つの場に入るとして、その時間だけのことではない。現場スイッチみたいなのがあって、それは確かに場に入った瞬間に動き、出た瞬間に消える。そことは別に一人一人の心とは絶えず繋がり続けている。これはやんわりの時もあれば、かなり強くなるときもある。接続が弱いものであっても途切れることはない。そう言う繋がり方が出来なければ場にはならない。何処かと誰かといつでも繋がり続けている感覚は独自のもの。これが一旦切れたのは久しぶりだ。そうすると変わるのは世の中への関心。すっかり外の出来事への興味を失ってしまった。世の中の流れがどこにあるのか、とか今何が起きているのか、どんなものが新しく生まれたり、流行ったりしているのか、どんな事件や問題が起きているのか、いつでもアンテナを張って居なければならなかった。何故なら大きな流れが個人の心に、個人の心が大きな流れに、必ず繋がっているから。場と言うのは、それが家でも無い限り、時間と空間にはかなりの制限がある。だから、場での仕事とは点を打つこと。その点が正しい場所に打たれたなら、大きな流れさえ変えて行くことが出来る。正確な点を打つには全体の文脈を把握している必要がある。それが世界と絶えず接続していなければならない理由。今それが切れて、本当に久しぶりに不思議な時間の中にいる。僕にとっての普通はもうどっちなのか分からない。さて、いずれにせよ、今後はまた違う道を歩くことになります。どんな形であれ、誰かや何かのお役にたちたいと願っています。