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おれは殴リーマン

 目の前の営業マンをぶちのめした。
 側頭部を刈り込んだスポーツマン風の男が黒革のソファを越えて壁に叩きつけられた。
 俺はアッパーカットの残心を決めた。
 ミルク色の壁紙で囲まれた応接室はたった今、戦闘空間と化した。
 この場で無関係な者は観葉植物だけだ。
 商談は不成立。後は殺し合いのみだった。

「死ね!三流企業の犬がぁっ!」

 彼の傍にいた上司の男が懐からガバメントを取り出そうとしたので即座に顔面をパンチする。
 鼻がへし折れて怯んだところを髪を掴み頭部をガラステーブルに叩きつけた。
 ごしゃり、という音と共に彼は動かなくなった。透明な板の上を流れ出した血が伝っていく。紙の資料が赤く濡れ、ノートパソコンが朱に染まる。
 接近戦において最も速いのは銃でもナイフでもなく、拳だ。こいつはそれをわかっていなかった。

「ひ、ひい……」

 俺の隣の男が怖気付いている。この修羅場から自分だけは無関係でいたい一心か、身体を縮こまらせている。
 商談前の自信満々といった態度が嘘のようだった。スラックスの前を濡らしていないのが彼の猫の額ほどの矜持だろう。

「せ、先生……おねがいします……!」

 壁際に倒れ伏したスポーツマンが精一杯という体で声を張り上げて、すぐにガクリと意識を失った。
 そして、ガラス扉をガチャリと開けて入ってきたのは身長190cmくらいの大男。ラガーマンめいたガッチリとした体格がスーツを盛り上げていた。
 
「まったく情けないカスどもだぜ。……なあ、あんたもそう思うよな」
 
 大男が悠然と言い放った。
 震えたりへたり込んでいたりするだけのビジネスマンたちなど眼中にないようだった。
 俺は立ち上がり、ジャケットを脱いで隣の男に渡した。
 スーツなんて出来るだけ着たくないものだ。窮屈な拘束衣にしかならないからな。

「御託はいい。俺は株式会社タイラー商会の用心棒だ。勿論、名刺はいらんよな?」



つづく


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