鬼母からの脱出!!【1】引き裂かれた初恋
「うちのばばあ、ほんとに、すげー、うざい!」
アキがえり子に言った
「どうしたの?」
「ライブの後、泊まるのは、絶対、ダメだって!」
「え~、楽しみにしてたのに…」
「だから、くそばばあって言って、家を出てきた!」
高校のときの私の友達二人の会話だ。
私は、二人のことを心底うらやましいと感じていた。
アキのお母さんは、ライブに行かせてくれるんだ。
泊まりはダメだって言われて、お母さんに向って
くそばばあって、言えちゃうんだ…すごい!
えり子のお母さんなんて、ライブは、もちろん
お泊りも許してくれるんだ……
すご過ぎる。
うらやまし過ぎる。
私の母にくそばばあなんて言ったら
私は、どうなっていたんだろう?
恐ろしくて、想像もできなかった。
ただただ、母の機嫌だけをとって
今まで生きてきた気がする
小学校のとき、門限の5時を10分過ぎてしまったことがあった。
「5時までに帰ってきなさいって言ったでしょ!
お母さんは、10分に怒ってるんじゃないのよ!
時間を守れない人は、この社会では、ダメな人って言われてしまうの!
会社に入って、10分遅れてすみませんでは、すまないのよ!!
だから、小さいときからきちんとしていなくてはダメなの!!!」
延々と説教が続いた。
母は鬼だ、鬼。
テストで不注意な間違いをすると終わりのないお説教が始まる。
最初は、心の中で、鬼っ、バカって言っていた。
いつのまにか、それもむなしくなり…
結局、諦めることが一番なのだ。
ただ、おとなしく母の言うことを聞いているのが無難なんだと悟った。
黙らせるためだけに勉強した。
母が気にいる学校に入った。
波風たてないことが一番いいのだ。
大学のとき、みんながバイトをしだして
「あ~、もうバイトの時間~じゃあ、お先に~」
とか…
「今日、バイト休みて~
昨日、飲み過ぎてしんどい~」
なんて言いながら、バイトに行っていた。
私も居酒屋でバイトをしたかった。
友達は私がお嬢様で、
バイトをしなくても暮らしていけることを羨ましいと言っていた。
私がバイトをするなんてとんでもないことだ。
母が許してくれるはずがない。
居酒屋でバイトなんかしたら卒倒すると思う。
その面倒くさいことを想像しただけでゾッとした。
そんなとき、
友達が、バイト仲間に他の大学だけれど
すごく面白い男性がいるんだと話してくれた。
私が興味をもったので、友達がその男性を紹介してくれた。
山口というその彼は、ぼろぼろのジーンズにスニーカー。
関西出身の彼は、いつも笑顔でみんなを笑わせていた。
一緒にいると、心から楽しかった。
生まれて初めて行ったすっごく汚いラーメン屋さん。
「ここのラーメン、めちゃめちゃうまいんやで!」
本当に美味しくて、食べながら
なぜだかわからないけど、幸せで、涙が出てきた。
「俺、なんか不味いこと言ったか?」
「ううん、美味しすぎて!」
「なんや、けったいやな」
その頃から頻繁に彼と連絡を取るようになっていた。
週に何度か彼と会うようになっていた。
突然、母に
「山口ってだれ? お付き合いしてるの?」
「友達よ…」
「友達?」
「随分、親しいお友達なのね」
「別にいいでしょ…友達なんだから…」
「何故、お母さんに嘘をつくの!!!」
すごい剣幕で怒り始めた
まただ…鬼の顔
「私のスマホを見たのね?お母さんなら何してもいいの?!」
私は、彼とのやりとりを見られた悔しさに語気を荒くした。
「親なんだから当たり前でしょ!
それより、なんでお母さんに黙って
こそこそとこんな人と付き合ってるの!」
「こんな人ってどういうこと?」
「こそこそ会うような人よ」
「じゃあ、言ったら、お母さん許してくれるの?」
「あたりまえでしょう」
え、ウソでしょう!!
私は、初めて気持ちをわかってくれたと思いすごく嬉しかった。
次の日曜日に彼を母に紹介した
母は、まるで、見下したように
彼にいろいろな質問をした。
実家が、あまり裕福でないこと
彼が一流大学でないこと
東京出身ではないこと
そうして母は、彼に不合格の烙印を押した。
それからは、一切彼に会うことは、許されなかった。
こんな母親がいる私から
彼は、少しずつ距離を置くようになり
いつしか、会うことがなくなってしまった。
彼が、離れていってしまった後は、私の心にぽっかり穴が空いてしまった。
もう、何をする気力もなくなった。
ただ、起きて食事をして寝て与えられたことをこなすだけ。
それでいいんだ…。
私が、自分の意思で何かをしても
あの鬼がしゃしゃり出て、何もかも
ぶち壊すんなら、最初から、何もしなければいい。
わかっていたじゃないの。
私は、幸せになんてなれないんだから。
あの鬼が生きている限り…。
大学の成績は、学部の中で上位に常に入っており、
母の期待は、無限に増殖していった。
就職は、誰もが羨む大手企業に就職した。
本当は、心から行きたい魅力的な会社が1社あった。
しかし、母が満足する規模を満たさなかった。
「あの…この会社、内々定出たんだけど、どうかな?」
母はその会社のパンフレットを一瞥すると、
「何?この会社、聞いたこともないわ」
パンフレットを無造作に床に放り投げた。
落とされたパンフレットは、まるで私のようで
私はただそれを無言で見つめていた。
わかっていたことなのに、
毎度抱く「もしかしたら…」という淡い期待は、
あっけなく崩されてしまう。
母のひとことで全てのことが
決まってしまう自分が情けなかった。
母のことが嫌で仕方ないのに、逆らえない自分。
私は、人間をやめた。
人間には、心があるからだ。
心をなくせば、辛いと感じないですむ。
なのに…、
大阪出張で、彼と再会してしまった。
偶然に入ったうどん屋さんで、
向い側の席の方から視線を感じて顔を上げると
彼がこちらを見ている。
私が、ハッとしたとたん、彼が笑顔で近づいてきた。
「元気にしてたんか」
「うん…山口君は? 大阪に就職したの?」
「やっぱ、関西がええからな~
ちっちぇーけど、やりがいがある会社に就職したよ。
そっちは?」
「出張。大阪で研修なの」
私は、懐かしさと、幸せだった頃の感情が一気に拭き出し
涙が溢れてきてしまった。
「相変わらずやな~
うどん、そんなにうまいんか」
そうして優しい顔で笑ってくれた。
あ~まだ私には、
こんなに感情が残っていたんだ。
「こっちに座ってええか」
「うん…」
もうとっくに無くしていた温かい感情が一気に噴き出した。
私は、やっぱり、彼が好きなのだ。
【2】につづく