住むところもお金もない~ こうなったら…するしかない…
ついに、財布の中身も底をついた。
まじめだけが取り柄のぼくは、今までコツコツと働くことしか出来なかった。
頭も悪い、要領も悪い、おまけに顔も悪い。
会社がダメになったら、僕も共倒れになることはわかっていた。
社長に給料や退職金を請求したって、ないものはないんだから、これ以上社長を追い詰めて請求することはぼくには出来なかった。
こんな僕だから、次の仕事がすんなり決まるわけはなく、当然手持ちのお金がどんどん減っていった。
僕は、今まで毎日決まった時間に起きて決まった時間にご飯を食べて決まった時間に仕事をしてきた。
会社が倒産してからも同じ生活を繰り返した。
仕事がなくなったので、仕事の時間は仕事を探しまわった。
でも、誰もぼくを雇ってはくれない。
そうして、ついに家もなくなった。
ホームレスの生活なんて、ぼくに出来るわけがなかった。
ぼくは毎日決まった生活がしたいだけなんだ。
規則正しく仕事をしてご飯を食べて布団で寝ることがぼくには必要なんだ。
そうして、ぼくのあたまに浮かんだことは、神様には言えないことだ。
商店街を歩いていると、ぼくが考えた計画にピッタリのお店がみつかった。
中華食堂 うまい軒
手垢で汚れた暖簾をそっとくぐった。
予想通り、お客さんは誰もいない。
計画を実行するときに他のお客さんには迷惑をかけたくないから。
店の奥から汚れたエプロンをしたダルそうな顔をした女店員が出てきた。
気だるい声で 「いらっしゃ~い」と言って水を運んできた。
床がべたべたしている。
壁のポスターは何年前のものだろう?
カウンターと四人掛けのテーブルがあり、ぼくはテーブル席に座った。
べたべたしたメニュー表を手に取って、カウンターに目をやると、
厨房の中では無精ひげをはやし、髪がぼさぼさの料理人が漫画の本をみている。
ご飯を満腹食べるのはこれが最後かもしれないと思い、メニュー表にあった満腹定食にに決めた。
「満腹定食をください」
満腹定食は、ラーメンと小チャーハンと餃子、ここまでは普通なのに、ここのお店は、プラス麻婆豆腐とザーサイと杏仁豆腐もついていた。
女店員が「まんぷく~」とけだるく言った。
料理人がだるそうに椅子から立ち上がり厨房に立った。
いい匂いがしてきた。
何日もまともな食事をしていない。
いよいよ、計画は始まる。
満腹定食が運ばれてきた。
ぼくは、ゴクンと唾を飲んだ。
箸を持ち上げ、いただきますと言ったとたんにぼくの心がキューっとなった。
でも、ぼくはラーメンを一口食べた。
そして、餃子を食べた。
チャーハンを口に入れたと同時にこみ上げてきた。
ぼくはひと口ひと口、食べるごとにごめんなさい、ごめんなさいって心の中で呟いた。
女店員がいぶかしそうに
「どうしました~?大丈夫ですか~?」ときいてきた。
ぼくは、「すごく美味しくて…美味しくて…」としか答えられなかった。
そのときから、女店員の目から気ダルさが消えたような気がした。
杏仁豆腐の最後の一口を口に入れた。
ぼくは満腹定食を涙と一緒に完食した。
そうして、女店員さんを呼んで言った。
「僕はお金を持っていません。ここに警察を呼んでください!!」
女店員は慌てて店主のところに戻った。
カウンターから店主なのか、さっきの料理人が出てきた。
「財布亡くしたのか?後で払ってくれればいいから」
見た目と違って優しい口調で店主が言った。
「お金は一円もありません。それなのにぼくは、満腹定食を食べてしまいました。どうか警察を呼んで逮捕してください」
「どんな事情があるか知らないけど、あんたは俺の料理をうまいうまいと言って食ってくれた。俺は久しぶりにそんなあんたの姿をみて、なんか感動しちまった」
「……えっ」
「今日の満腹定食はおごりだ」
「それは、ダメです。どうか警察を呼んでください」
「いいって言ってんだから、さっさと帰っていいから」
ぼくは無理やりお店を追い出されてしまった。
これは、困った!
ぼくは交番に行って、自首をした。
「ぼくを刑務所に入れてください!!」
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ぼくは、幸いなことに…
今、 “中華食堂 うまい軒” で働いている。
店の二階が空いていたので、住み込みで置いてくれることになったんだ。
ぼくは、決まった時間に起きて決まった時間にご飯を食べて、決まった時間に一生懸命働いた。
ぼくは毎日お店とお店の外も
心を込めて掃除した。
だから、
店のまわりも
暖簾もきれいになった。
床も壁もピカピカになった。
メニュー表もだ。
そうして、お店は、いつも満席だ。
ぼくの仕事は皿洗いだ。
次から次とお皿が運ばれてくる。
あの女店員はもう汚いエプロンはしていない。
店主も髪とひげがきれいになって、みかけ通りの優しい人となった。
ぼくは、毎日仕事が出来て、本当に本当にしあわせだ。 完