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2022年5月の記事一覧

【コラボ小説】ただよふ 7(「澪標」より)

【コラボ小説】ただよふ 7(「澪標」より)

「D大は、地方受験3会場の運営を任せてくれました」
あなたはホテルのラウンジで僕に資料を広げて見せた。

「すごいですね。僕の方は、2大学とも、予算不足で今回は見送りでした」
僕が悔しそうにしているのを見て、あなたは得意そうにしていた。

僕は先ほど思いついたことを切り出した。

「もしお疲れでなければ、せっかく広島に来たのですから、宮島に行ってみませんか?紅葉が見頃だと思います」
「行きたいです

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【コラボ小説】ただよふ 6 (「澪標」より)

【コラボ小説】ただよふ 6 (「澪標」より)

11月5日16時頃。僕は社内でデスクワークをしていた。

「笠原さん、この日付、どういうことですか?」
運営部の柴田さんが、電話を保留にしたまま、営業部の笠原さんのデスクにつかつかと歩いてきて詰問した。

「Y大学に下見に行く日時、11月16日 午前9時とありますよね。先方は、6日、つまり明日のつもりで確認の電話をかけてきているんです」

どうやら笠原さんの手違いで、下見に行く日程にミスがあったよ

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【ショートショート】人魚の夢(「澪標」6話より)

【ショートショート】人魚の夢(「澪標」6話より)

僕は冷たい海に沈んでいった。
切り刻まれるような痛みが体温を奪っていった。
肉体は指先から泡と化し、今にも消えそうになった。

絶えそうな意識の中で、泡になってしまった僕の体をひとりの人魚が集めていくのを見た。

僕は人魚のキスで目を覚ました。
そこは洞窟の中で、夜の海が見えた。

「間に合って良かった。」
人魚は微笑んだ。

僕は体を起こした。
全身は痛むが、確かに僕は生きていた。

しかし、人

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【コラボ小説】ただよふ 5(「澪標」より)

【コラボ小説】ただよふ 5(「澪標」より)

昔の夢を見ていた。
その日は霧雨が降っていた。
僕は研究室にいて、そこで父親の危篤を知らされた。
研究室の近くに巣を作っていたムクドリの糞の匂いが立ち込めていたのを覚えている──

あなたとは元町・中華街駅の出口で待ち合わせた。
真っ白のワンピースを着たあなたは、僕の姿を見つけるなり、屈託のない笑顔で「おはようございます!海宝課長!」と挨拶してきた。

僕は高まる心音を、心の中で「公園仲間、公園仲

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【コラボ小説】ただよふ 4(「澪標」より)

【コラボ小説】ただよふ 4(「澪標」より)

僕が自分の部屋で鞄の整理をしていた時のこと。
「…あった!」
取引先から「ご家族とどうぞ。」といただいた高級中華料理店の割引券を財布から取り出した。

いつもなら、すぐに捨ててしまう類いのもの。
妻が周りに気を遣ってしまうので、一緒に「そういう場所」には行くことがなくなってしまったから。

何か大きな仕事を成し遂げたら、あなたを食事に誘おう。
僕はその日が来るのを楽しみに、割引券を再び財布に忍ばせ

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【コラボ小説】ただよふ 3(「澪標」より)

【コラボ小説】ただよふ 3(「澪標」より)

入社して2ヶ月が経った頃。

妻は東京の生活に慣れてきたのか、沈み込むことが少なくなっていた。
先日は同窓会に出席出来たと喜んでいた。

航平の方は、思春期だからか言葉少なになっていた。
受験生なのに大阪から東京に越してきたことを、息子はどう思っていたのだろう。

航平の誕生日の少し前。
学校から帰ってきた航平の制服のボタンが取れかかっていた。

「航平、ボタンが取れそうだ。
付け直すから貸しなさ

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【コラボ小説】ただよふ 2(「澪標」より)

【コラボ小説】ただよふ 2(「澪標」より)

正式に入社してからも、僕は指輪を外していた。
仕事とプライベートは分けたかったし、あなたに指輪をしていない姿を見られている以上、その方が自然なことだと思ったのだ。

公私を分けていることをアピールすることで、妻への余計な詮索を避けられる。
僕にとって、己の未熟さ故に新婚時代に職場で妻を好奇の目に晒してしまった過去は重罪なのだった。

実際、結婚していることを志津の口から伝えてもらった後はそれ以上踏

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