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2021年6月の記事一覧
紫陽花の季節、君はいない 16
夏至の日食の日、確かに俺は紫陽に「ずっと待っている」と誓ったのに。
悲しみに心を蝕まれて、いつの間にか忘れてしまっていた。
「──今はもう会えないけど、彼女と約束したんです。『また会おう』って。
別れが悲しすぎて忘れていたけど、思い出しました。」
「そうなの。また会えるようになると良いね。」
「…ありがとうございます。」
二人の関係を肯定してもらえて嬉しかった。
人間と精霊との恋は禁忌だったか
紫陽花の季節、君はいない 15
俺の実家も古い家柄だったから、端午の節句は一族が集まっていた。
しかしそれは形式だけだったし、弟が生まれてからは俺は不参加だった。
この家は従妹の初節句を祝う位だ。きっと國吉も端午の節句の時は祝福されるだろう。
幸せそうな光景を見て、俺は少し淋しさを覚えた。
甘酒は紙コップに注がれ、お盆に乗せられ運ばれてきた。
「はい、どうぞ。本当は社務所に上がってほしいけど。」
「此処で、大丈夫です。」
俺
紫陽花の季節、君はいない 14
國吉の母親は、両腕で包み込むように息子を受け取った。
子どもの重さから解放された俺の腕はだるくなっていた。
「親ってすごいな。こんなに重いのに、ずっと抱っこしてるんだから。」
俺は心の内で呟いたつもりだった。
「ふふ、そうね。私も親になるまで、こんなに重いものをずっと抱えられるとは思わなかった。」
反応が返ってきたので、俺は思いを声に出していたことに気付いて焦った。
俺は、此処を立ち去るタイ
紫陽花の季節、君はいない 13
「はーい。ちょっとお待ち下さい。」
明るい女性の声が社務所の奥から聞こえてきた。
女性が苦手な俺は、緊張で変な汗をかき、心拍が早くなっていた。
「あーうー。」
抱いている國吉の小さな手が俺の顔に触れた。
どうやら、俺のことを心配してくれているらしい。
「國吉、心配してくれたのか?ありがとう。」
俺は國吉の柔らかな頬を人差し指で優しく触れた。
「あら?國吉、外に出ちゃってたの?
貴方が連れてきて
紫陽花の季節、君はいない 12
「何で俺が送り届けなければならないんだ?」
八幡宮の精霊たちは平気だけど、俺は知らない人間に対しては人見知りをしてしまう。
「夏越、私は人の姿はしているが精霊であるぞ。こういうことは、同じ人間であるお前の役目であろう!」
涼見姐さんの言うことは、もっともである。
「う~!」
俺に持ち上げられた國吉は、不快になってきたのか身をよじり始めた。
このままだと、落としてしまう。
「ね…姐さん、どうし
紫陽花の季節、君はいない 11
「そういえば、紅葉(くれは)は、どうしてる?」
俺は紫陽のもう一人の仲の良かった精霊の姿を探した。
「紅葉はお前に厳しく当たった手前、気まずいのだ。察してやれ。」
「そうか。」
俺は苦笑いした。でも、紅葉はちょっと苦手なので会えなくてほっとした。
俺の腹帯の入った袋を持っている方の腕が急に重くなった。
下を見ると、1歳位の子どもが袋を引っ張っていた。
「何でこんなところに子どもが?」
俺はこの
紫陽花の季節、君はいない 10
「涼見姐さん、久しぶり。」
俺が挨拶している間、姐さんは俺の手元をじっと見ていた。
「それは、八幡宮の腹帯だな。
まさか、お前紫陽をさっさと忘れて子が出来たのか?」
姐さんが軽蔑の眼差しを俺に向けた。
「…ち、違う!誤解だ!!
これは、柊司…友人の奥さんの代わりに受け取りに来ただけだ!
今は、外出するにもリスクが高いからさっ。」
俺は懸命に弁明した。
「ふん、言い訳をすればするほど胡散臭いが
紫陽花の季節、君はいない 9
2021年3月3日。
俺は八幡宮にいた。
柊司とあおいさんの代わりに、戌の日の腹帯を受けとる為だ。
咲き誇る梅を見て、春に此処に参拝するのははじめてだと気が付いた。
俺にとっては、八幡宮は梅雨の紫陽花なのだ。
以前、紫陽が「梅さと」という白梅の精霊の話をしていた。
此処とは別の神社の精霊だったが、江戸時代の藩主と恋をした。なかなか逢えない日が続き、彼女は藩主の元に行こうと境内を出ようとした。
紫陽花の季節、君はいない 8
柊司という男は、料理だけでなく家事スキルも高い。
本人曰く、両親共働きで自分以外は女きょうだいで、家事を協力しあいながら育ったからとのこと。
世話好きな性格は、家庭環境からなのだろうか?
口調がざっくばらんだから気付きにくいが、あいつはかなり出来るやつだと思う。
悔しいから言わないけど。
柊司の家にいる時ゴミの分別まで叩き込まれたお陰で、荒れていた俺の部屋はみるみるうちに綺麗になった。
開け放
紫陽花の季節、君はいない 7
眠りから覚めると、雨音が聞こえてきた。
紫陽との会瀬は、梅雨の時季だけあって雨の日が多かった。
「ナゴシ」
もう聞くことの出来ない彼女の声。
俺はあれから、人知れずどれ程泣いただろう。
外の空気が吸いたくなって、ベランダの戸を開けると、洗濯物が干してあった。
ここが自分の部屋でなく、柊司の部屋だということを思い出した。
急いで洗濯物を取り込んだので、びしょ濡れにはならなかった。
秋の彼岸頃まで
紫陽花の季節、君はいない 6
──彼女「紫陽(しよう)」は、銀色の長い髪が美しい、八幡宮の紫陽花の精霊だった。
俺が大学進学の為に実家を出て、この街に住み始めた年の6月に出会った。
母親の愛も知らず、女性が苦手な俺だったけれど、彼女の純粋さに惹かれていった。
彼女も俺の想いを受け入れてくれた。
しかし、この恋は禁忌だった。人間と精霊、存在が違うのだ。
紫陽は花の咲く時季以外は眠りに就いてしまう。
それだけではない。精霊は境