現代の眼で見る、百人一首におけるパワハラとセクハラ

 まず、前置きをしなければいけません。
 私は平安時代の文化が大好きで、当時の着物、文学、習慣などに初めて知った頃よりも更に強く惹かれています。千年も前にこれだけの文化が定着していた事について誇りに思ってもいます。
 けれども、和歌として残っている事で現代に悪い文化まで残してはいないか心配です。   
 もっとはっきり言えば、和歌にもあるのだから風流だ、同じ事をしても構わないだろうというパワハラやセクハラが潜んではいないか、探ってみようというのが今回のテーマです。百人一首から、気になった和歌を挙げていきたいと思います。

参議篁(11番)『古今集』羈旅・407
わたの原八十島(やそしま)かけて漕(こ)ぎ出でぬと 人には告げよ海人(あま)の釣り舟

 遣唐大使である藤原常嗣の乗船する第一船が損傷して漏水したために、常嗣の上奏により、篁の乗る第二船を第一船とし常嗣が乗船した。これを不服として小野篁は船には乗らず、更に朝廷を風刺する漢詩を作り嵯峨上皇の不興を買い、島流しに遭う。その時の歌です。
 小野篁は二番目に偉い立場で唐に渡る予定でしたが、常嗣が勝手に船を取り替えてしまったわけですね。それぞれ部下を率いて遣唐するので、部下の命にも責任があるのです。 
 因みに、この前に既に渡唐に二回失敗しています。そして壊れた船を充てがわれた、これをパワハラと言わずなんと言うべきでしょう。権力があるのならば、直すなり新たに作るなりして、小野篁には迷惑をかけるべきではなかったのではないかと思います。
 

小式部内侍(60番)『金葉集』雑上・550
大江(おほえ)山いく野の道の遠(とほ)ければ まだふみもみず天の橋立

 小式部内侍は和泉式部の娘なので、小さな式部という意味で小式部と呼ばれていたようですが、和歌も和泉式部に作って貰っているのではと今でいう、親の七光の疑いを持たれていたのですね。
 ある時、歌合に招かれた時に藤原定頼が意地悪で、お母さんからは代作が届きましたか? と確信を持って聞いたのです。それに対し小式部内侍は、遠いので文は届いていませんという内容を即興で技術豊かな和歌に作って切り返し、身の潔白を証明したのでした。
 一説には藤原定頼が小式部内侍の為に悪役を買って出たというような見方もあるようですが、若い女性の才能に嫉妬して思わず野次ったらやり返された、という事にしてぜひ真似しないで頂きたいですね。

周防内侍(67番)『千載集』雑・961
春の夜の夢ばかりなる手枕(たまくら)に かひなく立たむ名こそ惜しけれ

 これは貴族たちだけで集まって楽しくお酒を飲んでいる時、周防内侍(内侍は天皇の秘書の女性)が疲れて、枕が欲しいと言ったところ、大納言の藤原忠家が私の腕を枕にしてはいかがですかとからかったのに対しての歌だそうです。
 元々、枕を交わす(情を交わす)という言葉があり、それに則ってみんなの前で際どいセクハラをされたわけですが、さすがは内侍、簡単には負けません。
 戯れの手枕にからだをあずけてしまって、つまらない浮いた噂が立ってしまうのは、くやしいことですから(そんなわけないでしょう)と和歌にして風流にやりかえします。
 しかし、わざわざ和歌にして返事をしたところを見ると、やはりそのまま言葉では言い返しづらかったのではないか、言葉に窮するような状況と理解できます。
 この当時でもパワハラでセクハラだと感じたはずです。疲れて枕が欲しいという内侍のぼやきに大納言として正しい返事は、今日はもういいから部屋へ行って休みなさい、でしょうね。

三条院(68番)『後拾遺集』雑1・860
心にもあらでうき世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな

 天皇であってもパワハラを受けることがあるのだと驚いたのですが、相手はあの藤原道長です。孫を次の天皇に即位させる為、三条院は退位を迫られたのです。
 退位させられた後のことを思い、もし生き延びたら、夜更けのこの月を懐かしく思い出すのだろうと自分の身を儚んでいます。
 のし上がる者がいれば、その力で追い落とされる者もいる。世の理なのかもしれませんが、実際にそうなった時、ただの理屈と片付けられる事かどうか、考えなくてはなりません。

 私たちは平安時代から、たくさんの距離を悩みながら歩いて来たはずです。
 パワハラやセクハラは当時から存在していたのに、人間が誕生からやり直してきたせいなのか、百人一首を教訓として捉えてこなかったのか、現代では更に悪化しているようにも感じられます。ギスギスして、なんにでも過敏になる世の中も窮屈になってしまいますので、こうしたら相手は嫌がるだろうか、と一度でも考えられる余裕を持って欲しい、そのように考えます。

参考資料 

こんなに面白かった「百人一首」吉海直人 著

Wikipedia

小倉山荘 『ちょっと差がつく百人一首講座』

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