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「定価」って、あるいは日本にしかない概念かも?:普通は価格交渉が入ります^^

<この文章は雑感であって結論はありません> 

 私は海外旅行をしないので、実はよく知りません。でも米国などはチップがあるからサービス業で「定価」はないんじゃないですかね?

 アラブ世界や東南アジアの国々の「市場」では、客が値切らずにものを買うという光景は、想像しにくい(偏見かもw)。

 また、BtoBでは「普通」は定価販売はないですよね。購買部門は相見積もりを取って価格交渉が当然ですから。

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 でも日本の一般消費者向け店舗は定価が基本です。これにはこれなりの強い合理性がある。いちいち価格交渉なんてやっていたら時間がかかってしょうがない。

 そして、それ以前に日本人て「みんな同じ」が好きですよね。その理由はさておき、定価っていかにも日本人の発想だと思います。

 だから転売屋も嫌われますよね。私は、あれは「問屋」の一種だと思ってますが。
 独占禁止法に触れなければ、「仲買人」が商品にどのような価格をつけるのかは自由です。法律の原則では。
 それと消費者感情はまた別ですけどね^^

 定価が好きな人は、「安く買いたい」というよりは「他人より高く買って損をするのが嫌だ」と考えるのでしょう。気持ちはわかります。
 同一商品が昨日より安くなっていると、それだけでも悔しいですからね^^;

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 あと「考えるのがめんどくさい」というのはあるでしょう。定価がないと、それの「価値」を自分で考えなければいけない。これが苦手な人は多いはずだ。
 そして何かを決定するのは大脳にとっては重労働なのです。

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 しかし、私はこう思います。
 「誰にでも同じ値段で同じ商品・サービスを提供する」は幻想です。

 Amazonだって顧客によって価格は違います。私は個人と法人の2つのアカウントを持っているので気付きました。逆に、異なる顧客に同じ価格で売る理由がないです。

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 風呂敷を大きく広げますが「平等」を勘違いしている人が多いように、私は思います。

 平等の理念は「法の下の平等」です。つまり国家権力が国民を差別してはいけないという思想です。民間には及ばない。

 また「差別禁止」は「生まれや生得的な事由により」という条件が前に付きます。能力によって人を「区別」するのは当然だ。そうしなければ友人も作れない。世界の70億人を同列に扱うことになってしまう^^;

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 あと、これは強調したいですが、接客業においては「同一価格同一サービス」は、ほぼあり得ないです。どんな人でも好き嫌いはある。

 これはキャバクラへ行けばよくわかりますw。全ての客を同じ扱いをする方が異常だ。良い客にはよりサービスするし、悪質な客は出入り禁止にすることもある。

 風俗などでも「NG客」という制度があって、客を選んでいます。これは店の当然の権利と見なされているようですし、私もそうであって当然だと思います。酷い客は本当に酷いのです^^;

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 ここで「買う側」に視点を移すと、重要な事があります。
 「サービス」は買い方によって得られるものが全く違う。サービス業主体の経済では同じ1万円を払っても、買い方との上手い人と下手な人では「買える物」が全く違うのです。

 そして日本の経済のメインはサービス業です。工業ではない。

 すなわち豊かな生活を送れるかどうかは、「稼ぐ能力」だけではなく、「(うまく)買う能力」に大きく依存しているのです。

 言い換えると年収600万円の人よりも年収300万円の人の方が「より高い価値のもの」を手に入れているという事は珍しくもないのです^^(注1)

 経済が工業主体からサービス業主体に変化したので、こういう事が起きたのです。なかなか興味深いと思いませんか? ^^

 注1:極端な例を出せば、現金収入がほとんどゼロでも豊かな生活を送っている人が世界には無数にいる。彼らは「サービス」をほとんど無償で手に入れる方法を知っているからです。
 なんのことはない「助け合い」の事ですけどね^^

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まとめ(?)

 風俗嬢さんとキャバ嬢さんには、ルールを守って礼儀正しく接しましょう。
 横柄な客は、良いサービスを得るどころか不愉快な気持ちで店を出ることになります。そして「なぜか」次の予約はいつでも「女の子が空いていなくて不可」という事態が発生します。これは本当です^^

 


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