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画面ダイブから始める同棲生活

動画編集をしていると鳴った呼び鈴に腰を上げる。

「はーい、って、また来たのかよヒヨリ・・・・・・」
「いいだろー別に。かあちゃんが今日は早めに帰ったんだよ」
「お前もう俺の家に住んでんじゃん・・・・・・」

 そんな俺のツッコミに構わず居間に向かうのは黒髪ショートの女の子だ。
 宝石と見まがうほどに光を湛えた大きな瞳に血色の良い頬。その気持ちのいい口調とは裏腹に胸元は確かに押し上げられており、仕草の節々に品の良いかわいらしさがのぞく。
 明朗な性格とかわいい見た目のギャップも相まって美少女レベルで言えば流行のアイドルなど比較にならないほどであるが、俺にとってはただの腐れ縁同級生でしかない。
 お前昨日も俺の家に泊まっただろうが・・・・・・。

「お、switch点いてんじゃん」

 言って嬉々としてくつろぎ始めるヒヨリ。
 もはやいつものことなので特に突っ込むこともなくデスクに座り動画の編集作業に戻る。

「まあな、配信でやるゲーム考えてたんだよ」
「ふーん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 ヒヨリがカチカチとコントローラーをいじりながら、こちらにチラチラと視線を寄越すのが分かったが無視する。むくれるヒヨリが簡単に想像できるが構ってやれるほど俺は暇じゃない。

「アヒージョ」
「あー?」
「なんかゲームしよーぜ」
「一人でやってろ」
「えー」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 ――5分後。

「んあああああああっ!」

 発狂したヒヨリがどたどたと足音を鳴らし俺の方に向かってくる。
 ヒヨリが身体で俺の左腕を捉えた。必然ヒヨリの柔らかな乳が押し付けられることになるがそんなことを気にしている場合ではない。

「いいからやるぞ!」
「やんねえよ、バカ! 俺今、忙しそうだろうが!」
「ヒヨリが暇なんだよ!」
「お前は客人の自覚を持て!」
「客人をもてなすのがおまえの役目だろーが!」

 意地でも立ち上がろうとしない俺を全体重をかけてまで引っぺがそうとするヒヨリ。
 両者引かない押し問答は唐突に終わりを迎えた。
 ヒヨリが足を滑らせたのだ。

「ぁ」
「!」

 俺は咄嗟に手を伸ばすが、かすかに届かず空を切る。
 ヒヨリの身体は重力に引かれそのまま床と衝突した。
 聞こえた鈍い音に悪い予感が喚起される。
 ヒヨリが目を閉じたまま身じろぎもしないのだ。

「ヒヨリ!?」

 慌てて駆け寄り軽く揺する。

「・・・・・・」

 しかしそこに反応はなく、不安がますます煽られる。
 と、

「いったぁ・・・・・・」

 聞こえた声に顔を見やるがヒヨリは変わらず眠った様に目を閉じている。

「え? え? なんだここ!? アヒージョは!?」

 騒ぐヒヨリの声に一応は落ち着きを取り戻しつつも、声の出所であるヒヨリの後頭部の下敷きになっていたipadを引っ張り出す。

「アヒージョっ!! ・・・・・・え? なんかおまえでかくね?」

 そう言ったのは画面の中で涙ぐむヒヨリ。

「・・・・・・なんでお前が俺のipadに入ってんだよ?」
 


「堕ちた世界は終わる世界で、光は消え去り闇だけが茫漠と広がっていた。そこに現われたのがご存じオレ様! 世界よオレの威光に反転せよ! というわけではいどうもアヒージョです!」

 配信や動画における恒例の挨拶を行いそのまま続ける。

「いつもならこのままゲームを始めるところだけど今日はこれから俺の配信にたびたび登場することになる奴を紹介しまーす!」

 言って俺はヒヨリに頷きかけ、ヒヨリを画面に登場させる。その頬は真っ赤に染まっていた。

「み、みんなのマネージャーヒヨリですっ! こ、これからよろしくなっ!!!!」

ヒヨリがかみかみながらも二人で決めた設定を元気に言い切る。

『よろしくー』『ちゃんと言えてえらい』『初配信時のアヒージョ氏に見習わせたい』

 しかしそれに対するコメントの反応は温かく、予想外だったのかヒヨリは目を丸くしている。うちのリスナーはみんな出来た大人だからな。

「初配信いじりはするなって何回もオレ言ってるよな!?」
『草』『草』『草』

 それはそれとして定番と化した俺の初配信いじりにツッコミを入れ、コメントが沸く。
 この瞬間が本当に楽しくて、だからこそ俺は配信活動を続けているのだ。
 現在行っているのはyoutubeの生配信。
活動を初めたのは数ヶ月前なのだが、そこから毎日コツコツと動画投稿や生配信を行ってきた。
その結果として、現在の視聴者数は3人。配信終盤には少なくて10人。多くて20人にまで増加するが、序盤の数としてはいつも通りである。

『ヒヨリちゃんはアヒージョ氏を差し置いてlive2Dなんだなw』

 そんなとき流れたコメントに俺は頬を引きつらせる。
 俺は自作したアヒージョの立絵を利用しているのだが、ヒヨリは画面の中の住人になった影響か、立絵すら用意していないにもかかわらずVtuberのように画面の中で動けるのだ。

「うっせぇ! こんな訳の分からないアヒージョ人間が動くよりかわいい女の子が動いてた方がいいだろうが! 文句あるか!」
『ない』『それはそうw』『開き直ってて草』
「いやリスナーオレのこと擁護しろよ!?」

 上手く配信が回っていることに気をよくしつつ俺は流れのままにゲームに進む。

「まあ、今日はヒヨリの紹介っつーことでゆるくゲームしながら雑談するわー」

「ぎゃー! おじさんが襲ってくるー!? 助けてアヒージョ!?」
 俺とは違うところで戦闘を始めたヒヨリが悲鳴を上げる。
「ちょっと待ってろ・・・・・・!」
『アヒージョ氏かっこいい』『ヒヨリがんばれー!』『つっよ』
 目の前の敵を片付け素早くヒヨリの元へ向かう場面があったり。


「アヒージョ、あれ見て見てー!」
「なに?」
 ヒヨリに誘われるままに俺は穴をのぞき込む。
「え」
 背後からヒヨリに殴られた。
「あははは!」
「お前マジでふっざけんなよ!?」
『あっ』『かわいい』『草』
 ヒヨリに騙され虚しく落下死する場面があったり。


「アヒージョ、これでヒヨリに負けたら引退しろよ!」
「ヒヨリ、お前こそ覚悟しとけよ。負けたら萌えシナリオ朗読だからな!」
 俺とヒヨリは遮蔽を挟んで向かい合う。
 プライドをかけたタイマンだ。
 ヒヨリは銃が使えるが俺は殴ることしか出来ない。あまりに大きなハンデだがいい勝負になるだろう。
 開始合図のグレネードが起爆する・・・・・・!
「「うおおおおおおおおおっ!」」

「せんぱい! もうっ遅いっすよ! ヒヨリがどれだけ待ったと思ったんスかっ! 罰として手を繋いで一緒に帰ってください!」
 かわいい。
『かわいい』『かわいい』『かわいい』

 そんな感じでヒヨリと配信を毎日続けていると、視聴者数は5人、10人、50人と増えていき、なんと生配信の同接数が1ヶ月後には100人を初めて超えた。しかしその勢いが衰える気配は一向になく女の子がいるだけで違うものだなぁと思った。
 一緒にゲームをしている折、そういったことをヒヨリに話してみると

「は? 何言ってんだ。別にヒヨリが加わったことだけが原因じゃないだろ」

 予想外の返答に固まっているとヒヨリが言葉を付け加える。

「もちろんヒヨリが加わったのも原因だとは思うけど、それはアヒージョが欠かさず動画投稿を毎日続けてきたおかげだし、ヒヨリとアヒージョの掛け合いがウケたってのもあるだろ。ヒヨリ1人だったらここまで上手くいかないと思うし」
「まあ、・・・・・・そうか」

 まさかそんなことを言われるとは思っていなくて口ごもる。
 しばらく俺とヒヨリは無言でゲームを続ける。
 不思議に思ってヒヨリの顔を見やると真っ赤に染まっていた。

「・・・・・・照れとるんかーい」
「~~~~っ! そ、そういえば今日かあちゃんが家に来る日だ! 電話しないと!」

 露骨な話題逸らしに苦笑しつつ、ヒヨリの母親に電話をかける。ヒヨリの母親は定期的に実家からヒヨリの様子を見に来るのだが、今は自身がipadに入り込んでしまっているため来なくていいことをそれとなく伝えるのだという。

「はい?」

 そうしているとヒヨリの母親が電話に出た。上品な女性という感じだ。

「もしもしー。かあちゃん? ヒヨリだけど」

 ipadのスピーカーをスマホのマイクに近付けてやる。この状態のヒヨリにはこのように何かと不便なことが多いので早く元に戻してやらないとな、と毎度思う。
 そしてヒヨリの母親が娘に答える。


「・・・・・・はい? どなたですか?」


「「は??」」
 そんな意味不明の答えにより。

「・・・・・・つまり、まとめると、関わってきた人のヒヨリに関する記憶が徐々に薄れていっていると、そういうことか」
「そ、そうみたいだな」

 なぜか視線を逸らすヒヨリに疑問を覚えつつも頭の中でも現状をまとめる。
 現在起こっているのはヒヨリの存在の希薄化とでもいうべきものだ。
 人々の中からヒヨリに関する記憶が薄れていきやがては消えてしまう。現段階では、ヒヨリと親しければ親しいほど少しヒヨリについて話すだけで思いだせるようだが、やがてヒヨリのことを覚えている人間はいなくなるだろう。実際、ヒヨリに最も近しい存在の母親ですらヒヨリのことを思い出すのに数往復の会話が必要だったのだ。
 俺がヒヨリのことを覚えているのは単純に常に一緒にいることが理由のようだがそれもいつまで続くか分からない。
 だからこそ早くヒヨリを元の身体に戻してやりたいがそのための手段が全く思いつかない。
 俺はそっと息をつき何かヒントでも転がっていないかと、意識が画面の中に取り込まれてからずっと布団の上で安らかな寝息を立てているヒヨリの身体に視線を向ける。
 長いまつげのきらめく閉じられたまぶたに、きめの細かい健康的な肌。艶やかな唇が明かりを反射し、胸元が規則的に上下する。穏やかに寝息を立てる様子はどこかのお姫様が昼寝をしているみたいだ。
 ヒヨリの美少女っぷりに呆れつつ視線を戻すと画面の中でふくれたヒヨリがこちらを見ていた。

「なに」
「・・・・・・ずいぶん熱心に見つめるんだな。いつもは全然見てこないのに」

 綺麗なものには見入る方なんだよ。
 なんて答えが瞬時に思い浮かんだが口には出さず、頬に集まる熱に導かれ視線を逸らす。

「・・・・・・ヒヨリを元に戻すヒントでもないかと思ったんだよ」
「・・・・・・ふーん」

 ヒヨリがジト目を向けてくる。
 いたたまれなくなった俺は口を開く。

「画面の中の世界には何か元に戻るヒントないのか?」

 ヒヨリが視線をすーっと逸らし、両手をもじもじと絡ませる。よく見ると頬もほんのり朱に染まっている。
 見えた光明に身体が前に出る。

「あ? 何かあるのか?」
「あー・・・・・・えー・・・・・・」
「なんだ?」
「・・・・・・画面の中の部屋にあるメモに書いてあったんだけど」

 とかなんとかもごもご言いつつ視線をさ迷わせるヒヨリ。
 しばらく見つめていると覚悟を決めたみたいにヒヨリが唇を引き結び、続いて呼吸を整えた。

「・・・・・・をすれば元に戻れる」
「なんて?」

 身体をさらに近付ける。ヒヨリが大きく息を吸った。

「アヒージョがヒヨリにキスをすると元に戻れるっ!」
「・・・・・・えぇ」

 涙目になったヒヨリが画面いっぱいに表示される。

「ほんとだから!」
「いや別に疑ってないけども・・・・・・」

 眠れるお姫様の目覚めにはキスが必要などとまるでおとぎ話のようだが、現状とヒヨリの必死さからして本当なのだろう。

「まあ、でも、却下だな」
「・・・・・・え?」

 俺が下した結論にヒヨリが目を丸くする。

「キス、してくれないのか・・・・・・?」

 言葉をゆっくり紡いだヒヨリが上目に見てくる。
 そんなヒヨリの反応に俺は瞬く。

「え、いや、え? 嫌だろ? 普通に」
「・・・・・・!」

 ヒヨリが唇を引き結んだ。
 そうしてうつむき唇を開く。

「・・・・・・嫌じゃない」
「・・・・・・へ?」

 持ち上がったヒヨリの顔は羞恥で真っ赤だった。

「アヒージョとキスすんの嫌じゃないって言ってんだよ!」
「いや、え、は、えぇ?」

 めまぐるしい展開に頭が付いていかない。

「ヒヨリは! アヒージョのことが! 好きなんだよ! バカ! いい加減気づけ!」
「はぁ?」
「だからヒヨリはお前の家に毎日来るし、一緒にいたいし、キスして欲しいんだよっ!」
「いやだからってキスするのは」
「アヒージョはヒヨリがいなくなってもいいって言うのかよ・・・・・・っ!」
「ッ!」

 突き抜けた雷撃にヒヨリの顔を見れば、その真っ赤な顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

「ヒヨリは! ヒヨリはっ・・・・・・!」
「いいわけねえだろうが・・・・・・!」

 途切れたヒヨリの言葉を俺が引き取り、ヒヨリの顔に己の顔を近付ける。
 頭の中を巡るのはヒヨリと過ごした思い出だ。
 画面の中に入り込み不安で仕方がないだろうに俺のyoutuberとしての活動に協力することを申し出てくれて、自分のことのように一生懸命になって考えてくれた。

「だから俺には」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
 頭が真っ白になった。
 俺は何を言おうとした?
 目の前の女の子は誰だ?


「・・・・・・アヒージョ?」

 誰かの不安そうな声が鼓膜を揺する。

「俺の大切なヒヨリだろうが・・・・・・!」

 俺はヒヨリの頭を抱えヒヨリの綺麗な唇に俺の唇を近付けていく。

「俺にはお前が必要なんだよ!」

 そうして俺はヒヨリとキスをした。

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