女性が挙げる結婚の条件に関する女性の無理解からみる「男性のゲタ」の幻想
男女がそれぞれ異性に対して希望する結婚の条件というのはメディアが取り上げる人気のテーマである。
この手の記事では男女ともに高望みをしているエピソードが紹介され、「この人たちの現状認識って狂っているな」と苦笑せざるを得ない場合が多々ある。あるいは逆に、記事を書いている論者自身の価値観が奇妙で「なんだこりゃ?」と感じる論考が、記事としてメディアに取り上げられることもある。そして、論者が統計やらなにやらを持ち出すにも関わらず「それ、現状認識の仕方がおかしくないですかね?」と言いたくなる記事もある。
つまり、「異性に求める結婚の条件」をテーマにした記事は、記事の質に関して玉石混交のジャンルといえる。とりわけ「石」側の記事に関してターゲットとする読者の性別で特徴がある印象だ。
男性向けのトンデモ記事はたいてい旧時代の遺物丸出しの価値観に基づく記事なので、一般的には時代遅れと認識されている記事の価値観を共有するトンデモ読者をターゲットにした記事なのだろう。一方で、女性向けのトンデモ記事に関しては、男性のそれと同様に一見してトンデモ読者向けの奇妙な価値観に基づく記事と分かる記事もあるのだが、価値観がおかしいのではなく現状認識に誤りがあるためにトンデモ記事になっている、一般読者向けの記事がちょくちょく見受けられる(まぁ、男性向けでもそういう一般読者向けのトンデモ記事はあるのだろうけれども)。つまり、一般読者に誤解を振りまく記事は、女性向けの記事に多いような印象がある。
とはいえ、記事がターゲットとする読者の性別でみるトンデモ記事の傾向、といったものを今回のnote記事におけるトピックにしたいわけではない。「現状認識がおかしいためにトンデモ記事になっている個別事例」が今回のnote記事のトピックである。つまり、記事の論者のおかしな現状認識を批判していきたい。すなわち、婚活女性が結婚相手の男性に求める条件とそれに関する記事の論者の現状認識にどんな問題があるかを考察していく。
実は、この婚活女性が結婚相手に求める条件と、それに対する当該記事の女性論者、すなわちフェミニズムに関する時事評論を盛んに行っている女性論者の見解から彼女らの頻繁に主張する「男性のゲタ」に関する幻想が浮かび上がるのである。
■全年齢の平均年収を「結婚相手の男性の年収基準」とする誤り
さて、今回の批判対象とするのは、yahoo!ニュースに転載された以下の記事だ。そして、とりわけ批判する箇所は以下の箇所である。
引用において太字で強調した箇所に現れる下重氏の見解には笑ってしまう。結婚相談所に来る女性の「結婚相手として希望する男性」の年収として参照する値として「全年齢の男性の平均年収でみるのが相応しい」と考えているところが実におかしい。全年齢で見るのもおかしければ、中央値や最頻値ではなく平均値を使っているのもおかしいのだが、一先ずは「全年齢の平均値で見ることのおかしさ」についてみていこう。
まず、国税庁が発表している最新の「 民間給与実態統計調査」を確認しよう(註1)。
上記より、全年齢の男性の平均給与が545万円であることがわかる。では年齢層別の男性の平均給与を以下のグラフから読み取ろう。
全年齢の男性の平均年収545万円に近い年齢別平均年収となる階級は「35-39歳(年齢別平均年収533万円)」と「40-44歳(年齢別平均年収584万円)」である。階級値はそれぞれ37.5歳と42.5歳で、二つの階級での年齢別平均給与の差額が51万円だから、単純に考えてこの年齢層において1年で10万円上がると見てよい。すると、全年齢の平均給与545万円に近い年齢別平均給与になる年齢は38.5歳あたりであると考えていいだろう。「半分の人数は平均より稼ぐ」という下重氏の認識枠組みを踏襲したとしても、半数以上の男性が全年齢の男性の平均年収以上稼げるようになる年齢は38.5歳以上である。
ここでは国税庁が発表している「民間給与実態統計調査」を取り上げて年齢別平均年収が全年齢の平均年収と同程度になる年齢を見たが、「年齢が上がれば(≒勤続年数が増えれば)年収も上がる」という日本社会の傾向を知っていれば、「全年齢での平均年収は40歳近辺の年齢別平均年収と同程度になるだろうな」という見通しは簡単に立てられるのである。
この辺りの構造に関しては以下の台形で考えると分かり易い。下の台形において、台形の平均的な高さは、青線で示した下辺の中点から垂直に伸ばした高さとなる。この台形の性質を平均年収の問題に当てはめて考えればいいのだ。
日本社会において男性の年収は年齢が高くなるにつれて上昇する傾向にあるので、台形の高さが平均年収、横幅が年齢を示しているとして上の台形を見ると良い。そして、下辺の左端が20歳を示して右端が60歳を示しているとすれば、下辺の中点は40歳の所になる。つまり、この台形の構造から窺える全年齢の平均年収と年齢別平均年収が同じになるのは、下辺の中点の位置、すなわち40歳の所である。もちろん、男性の平均年収のカーブは台形の斜辺と同じではないので、全年齢の平均年収と年齢別平均年収が同程度になるのは、ピッタリ中点の40歳の所になるわけではない。しかし、その近辺になるだろうなという予測は十分に立てられるのである。
平均年収に関する構造を理解すれば「結婚相談所に来所する女性はそんな40歳近い年齢層の男性を希望しているんですかね?」という疑問が真っ先に思い浮かぶ。婚活女性が40歳近い年齢層の男性を結婚相手として平均的に希望しているのであれば、(中央値や最頻値とは異なる平均値の性質に目を瞑れば)下重氏の以下の見解はそれなりの妥当性を持つ。
だが、婚活女性が結婚相手の男性に出す条件として40歳近い年齢は許容しにくいのであれば(あるいは、年収以外の条件で埋め合わせを要求するのであれば)、それは十分に高望みである。もしも、40歳近い年齢で到達する年収を「20代後半から30代前半の男性」が得ているのであれば、その年収に到達した男性は十二分に優秀な男性である。そんな優秀な男性が達成する条件を「平均的な男性でも達成し得る」と見做して結婚相手の男性に条件として突き付けてよいと平均的な婚活女性が考えることのどこが高望みでないのだろうか?
当たり前の話なのだが、基本的に結婚は釣り合いがとれた者同士が行うものだ。もちろん「なぜその人と結婚したんだろう?」と外野から見て疑問に感じるような不釣り合いな夫婦が居ないでもない。だがそのような夫婦は例外である。つまり、不釣り合いな相手を結婚相手として望むことは例外を望むということだ。そして、釣り合いにおいて相手が上回るのであれば、その相手との結婚は成立が容易なありふれた結婚なのではなく、成立が難しい例外的な結婚なのである。
そして、自分にとって都合がよく、かつその事態が起こることを期待するのが難しいにも関わらず、その事態が起こることを望むことは、一般的に「高望み」という行為である。
したがって、客観的にみて平均的な女性が、その女性の主観的においては「相手は平均的な男性である」といくら考えたとしても、相手の男性が客観的には平均を大きく上回るとき、婚活における当該女性の判断は高望みと言えるのだ。
■平均で切り捨てることは1/2の人数を切り捨てることではない
平均という統計量の性質として外れ値(=極端に大きな数値や小さな数値)に引っ張られてしまうという特徴がある。たとえば平均年収で言えば巨額の報酬で雇われている金融業界のエリートや会社役員の報酬等によって高い方に引っ張られた値になる。つまり、平均値より上の範囲の個数と平均より下の範囲の個数は半々にはならない。
一方、大きい方からでも小さい方からでもどちらでもよいが、順位がちょうど真ん中にくる値を中央値という。中央値は外れ値がある集団に関して平均値よりも集団の性質をよく表していると言えることが多い。また、当然ながら中央値より上の範囲のデータの個数と中央値より下の範囲のデータの個数は半々になる。
それゆえ、平均年収で切り捨てる行為は下半分の人数の人間を切り捨てる行為とは異なる行為である。つまり、下重氏が認識しているような「下の2分の1は排除することになるわけで、男性にとってはシビアな条件」となる統計量は中央値であって平均値ではないのだ。したがって、中央値年収ではなく平均年収以下で切り捨てるのは下半分では済まず、それ以上の男性を切り捨てているのだ。
ここで平均年収と年収中央値の違いを「転職サービスdoda」がおこなった調査から見てみよう(註)。下記の図では男性だけの平均年収や年収中央値ではなく男女合計の平均年収と年収中央値が示されているが、年収というデータに関する平均値と中央値の違いが明瞭に示されている。つまり、中央値は平均値よりも53万円も低くなっており、平均値が如何に高所得の人のデータに引っ張られているかがハッキリと分かる。
また、年齢別で分けて詳しく平均値と中央値を発表してくれているので併せてみてみよう。以下は男性の値である。
上記のdodaサービスが行った調査から見て取れるように、平均値は中央値を上回っている。さらに、下重氏が挙げた年収500万円ラインについてはdodaサービスが行った調査においては、平均値で36歳で到達、中央値で38歳で到達である。とはいえ、この調査は「2021年9月~2022年8月末までの間に、dodaサービスにご登録いただいた20~65歳の男女(正社員)」を対象に行ったものなので、国税庁の 民間給与実態統計調査よりも50代後半を除いて低目の数値となっているようだ。
まぁ、それはともかくとしてこのdodaサービスが行った調査からも明らかなように、「平均年収で足切りをした場合は1/2よりもずっと多い人間を足切りすることになる」という訳なのだ。
また、最も多い層を示す最頻値の考え方でいえば、国税庁の 民間給与実態統計調査から以下のことが分かる。
つまり、男性のボリュームゾーンは400 万円超 500 万円以下なのであり、それが男性の最も平凡な年収なのだ。とはいえ、上記の最頻値と年齢の関係性は民間給与実態統計調査の報告の文面からは明らかでないので、婚活女性の結婚相手となり得る男性の年齢層での最頻値がどうであるかは判然としない。
以上のことから、「平均値よりも下回る年収の人間を切り捨てる行為は、たかだか下半分の人間(あるいは平凡な人間の半分)を切り捨てること」と考えることが如何に間違っているかが明らかになったと思う。
そして、この節で明白にした下半分というラインに下重氏が然したる注意を払っていないことから窺えることとして、彼女が「男性」に対して如何に傲慢であるかが明らかになったかと思われる。男性のボリュームゾーンがどうであるか、中位の男性とはどういったものであるかに関する知識もなく「男性の上下」を語る。中位の男性ですらクリアできないラインでちょん切って「半分で切るのはシビアかしら?」と宣うわけだ。超えるべきハードルの高さの意味を正確に知らず、ハードルを超えられない人間を評価している彼女はなんと御大層な身分であることか。
■女性が出す結婚の条件から見る「男性のゲタ」の幻想
ではこれから、婚活女性が出す結婚条件およびその条件への評価から女性が持つ「男性のゲタ」の幻想について述べていこう
これまで述べてきたように、結婚相談所で婚活をする女性が挙げる「典型的な婚活女性からすると恐らく結婚の条件として挙げる年齢条件ギリギリの年齢の男性」の年齢別平均年収と同等の年収を結婚の条件に対して、その条件は高望みの条件ではないと下重氏は評する。これは取りも直さず、その年収条件が結婚を考える年齢の男性の1/2にとってなんなくクリア可能な条件と彼女が考えているということだ。つまり、「平均的な年収なんだから平均的な男性なら平均的にクリアするだろう」という訳だ。
このことに関して、下重氏も引用している独身研究家の荒川和久氏のコラムに以下のように興味深い内容か書かれている(註3)。
上記の荒川氏のコラムの記述から理解できることとして、日本社会は年収に関して未婚男女だけで比較すると驚くほど男女平等である。それにも関わらず、婚活している未婚女性自身が年齢別平均年収ぐらいしか稼げていなくとも「男性には女性である自分とは違って下駄(=男性特権)があるために結婚適齢期に(全年齢での)男性の平均年収が稼げる」と考えているということだ。
そして、下重氏も婚活している未婚女性自身とほぼ変わらない認識でいるからこそ、婚活女性らの条件を「高望みではない」と評するのだ。
註
註1 国税庁「令和3年分 民間給与実態統計調査 ;調査結果報告」については以下を参照
註2 「転職サービスdoda」がおこなった調査の概要は以下である。
また、調査結果の詳細については以下に載っている。本稿で取り上げた以外の多面的な結果も載っているので是非とも参照されたい。
註3 荒川和久のコラムは以下