時代の空気振動とピアニストの不在
ピアノロールに対する恨み言のようなもの
ピアノロール(自動ピアノ)さえなければ…と何度怨みに思ったことか。
そう、ピアノロールさえ存在しなければ、もっとたくさんの19世紀生まれの名ピアニストたちが78rpmレコード(SPレコード)録音を残していたはずだからなのです。
そもそもピアノロールは録音環境と再生環境が大きく違ってしまうので、頑張ってみたところで再現性の点でレコード録音には遠く及ばないのです。
そしてピアノロール再生にいつも感じるのは、「そこにピアニストはいない、100年前の空気を振動させた実演ではない」ということ。
しかし、そう言いながら私はピアノロールの再生に熱心に取り組み、浜松楽器博物館にご協力いただいてFrench Pianism on the Welte-Mignon 「ウェルテ・ミニョンによる十九世紀の仏ピアニズム」というCD復刻をしたことがあります。
なぜ、それでもピアノロールに興味を持ち続けるのか?
ロールでしか聴けない、それが理由です。
それは渋々、仕方なくだったのです。
当時は、録音時間も長く、針ノイズもなく、ダイナミクスを気にしないでレコーディングできるピアノロールを自身の演奏の記録媒体として選択したピアニストも沢山いたので、レコード録音を残していないからにはピアノロールに頼るしかありませんでした。
仏バロック音楽ルネッサンス
またこのCDに収録したピアニストは、作曲家のガブリエル・フォーレ(1845-1924)の自作自演を除いて全員がSPレコード録音も残していますが、その代わりにロールでしか聴けないプログラムを意識的に選曲しています。フランスのピアニズムを紐解くには、クープランやラモー、ダカンといったバロック時代の鍵盤奏法まで遡ることが必要です。それらのフランスバロックを研究し再評価したのがルイ・ディエメ(1843-1919)でした。彼はピアノ教師としても最重要人物で、フランスの歴史的な名ピアニストたちはディエメ門下生であることがとても多いのです。その中にはショパンの弟子や取り巻きから直接ショパン自身の演奏を口伝されたヴィクトール・ジル(1884-1964)のような重要なピアニストも含まれています。
ディエメの一世代、二世代後の名教師たちには、イシドール・フィリップ(1863-1958)、ヴィクトール・ストウ(1872-1953)、マルグリット・ロン(1874-1966)、などの目が眩むような伝説的ペダゴグピアニストたちが名を連ねます。彼らの門下生たちが1950年代のフレンチピアニストたちの黄金時代を花開かせます。
ピアノロール未来派野郎
しかし、ピアノロールも技術の進歩で取り巻く状況が大分変化してきました。ピアノロールをスキャンしてMIDIファイルに変換する研究者は海外では複数存在しています。また日本の研究者もMIDIデータを元に綿密な解析を行い論文を発表しています。
さらにはMIDIよりも高解像度の方式を用いて、よりリアルな再現ができるように進化し続けています。スタインウェイ社が発表したZENシステムを採用したSPIRIOなどはそのその代表例です。今のところ、歴代の有名なスタインウェイピアニストの演奏を自宅やスタジオのSPIRIOで再生する、というスタイルに限定されているようですが、SPレコードの実演からAIにディープラーニングさせて演奏をデータ化もしくは生成して、ホログラム映像と組み合わせて「甦るヴィルトゥオーゾたち、世紀のピアノコンサート」な度という夢のようなライブが可能になると思います。
それでもSPレコード録音の邪魔をしたピアノロールへの恨みは消えはしませんが、せめて技術革新によってピアノ演奏史の研究資料として、もっともっと活用できるようになって欲しいと心の底から願って止みません。
少し前になりますが、「月刊ショパン6月号」のピアノロール特集にインタヴューと寄稿をさせていただきました。
「そもそもピアノロールって何?」
「どんなピアニストの演奏があるの?」
と、少しでもご興味のある方はご一読くださると、とーっても嬉しいのです。よろしくお願いいたします!