マットのまいちゃん⑦

このお話は個人的な思い出補正と、
個人特定回避のフェイクを含みます。
フィクションとノンフィクションの狭間を
どうぞお楽しみください。

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自分が店主を勤めるドーナツ店。

一階が売り場と客席、二階がキッチンに店主デスクや更衣室・倉庫などを兼ねたバックヤードになっている。

そのバックヤードで休憩中の大学生アルバイトと他愛もない話で笑っていた。

「店主!」

売り場から上がってきたアルバイトの吉川くんが自分を呼ぶ。
まだ彼の休憩時間ではない。
なにか機器の故障か、それともお客様とのトラブルか。
どうしたのかと聞き返す。

「あの、桜岡さん居ますか?ってお客様が…」

自分に?誰だろう。

「山中さんっておっしゃってましたよ?」

山中。パッと思いつく友人はいない。

「こちらの女性なんですけど…。」

二階には一階のショーケース前が確認できるモニターが設置してある。その画面の中を指して吉川くんが言う。



まいちゃん────────!!




時間は水着の一件より以前に遡る。

プレイ無しでまいちゃんとお喋りだけをしていたときのこと。

「そう言えばさ、まおさんのお仕事って聞いたことなかったよね?」

あえて言う必要もなかったが。
別に隠すような仕事でもない。
ドーナツ屋の店主。

「ホントに!?私、あの黄色い粒が付いたチョコレートのドーナツ好きなの!」

「え?どこのお店か聞いていい?」

東京都荒川区、地下鉄と都電が乗り入れるその駅前に店舗はある。

「へー、今度行ってみようかなぁ。」




確かに店の事は話したが……。

「知らない人ですか、店主?」

吉川くんがモニターを見たまま固まっている自分を怪訝そうにうかがう。

友達だと、まさか来るとは思わなくてびっくりしたと言い慌てて一階へ降りる。

すぐに目が合う。

混乱している様子に気付きニヤニヤしながら声をかけてくる。

「へへへ、来ちゃった。」

ドッキリ大成功!みたいな顔をしている。
迂闊に源氏名を呼ばないように注意しながら、今日は休みかと問う。

「うん、お休みだよ。真面目にお仕事してるのか視察に来ました。」

ふざけた喋り方のいつものノリ。

水着の件から会っていなかった。
月に一度は会いに行っていたが、あの日から一ヶ月以上経っていた。
逃げるように去ってしまったもので、顔を合わせるのをずっと躊躇していた。

どうしてここに?という自分の顔を察したようだ。

「最近、会えてなかったからさ。どうしてるかと思って。でも、元気そうでよかった。」

屈託なく笑う、いつものまいちゃんだった。

「わぁ、ホントに店長さんなんだぁ。」

自分の胸元のネームバッジを見てうんうんとうなづく。

「ね?お席ある?」

平日の昼間はさほど混んでいない。
ゴールデンチョコレートとコーヒーを注文して彼女はテーブル席に座った。

こちらは勤務中。話込むわけにはいかないのでバックヤードに戻って、発注やら売上報告やらの仕事に戻る。



しばらくして、店主デスクに置いてあった自分の携帯にメールが来た。

『そろそろ帰るね』

まいちゃんからだ。
見送りに、また一階へ降りる。

席を立つ彼女と目が合う。
食器の乗ったトレーを受け取りアルバイトに渡す。

店の出入口まで付き添い、今日来てくれた事への感謝を伝える。

「まおさんが現実に居る人でよかった。」

ふふっと笑う。
言われた意味が分からなかった。
現実に居ないのはあなたの方ではないか。


風俗店という虚構の空間で
ほんのひと時の夢と温もりを売る

仕事中の自分の前に本当は居るはずのない人。


その彼女が小声で話しかけてくる。

「ねえ、このまま遊びに行こうよ。」

悪戯っぽい微笑み。

「お仕事ほっぽり出してさ。二人だけでどこかに遊びに行こうよ。」

一月以上前に最悪な去り方をした男に
可愛く笑って誘惑を投げかける。

ダメだよ、無理だよ。
そうとしか返せない自分も情けない。
気の利いた冗談で躱わす術など持っていない。

何故そんな無茶を…と言ったら
思いもしない答えが返ってきた。

「だってせっかくまおさん見付けたのに。このまま連れ出さなきゃ何処かにいなくなっちゃうんじゃないかって。」

前回以降、お店に行っていないことで
もう来ないと思われていたのか。

「お仕事、上がってさ。私と遊ぼ。」

誘惑はやめてもらえないようだ。

しかし、こちらも仕事を投げ出すわけにはいかない。このままではただの押し問答だ。

「じゃあさ、今月中に一回はお店に会いに来てよ。それ約束してくれたら、おとなしく帰るから。」

交換条件に応じないと本当に何か悪戯を始めそうな顔をしていた。

わかった、今月中に必ず。

「仕方ない…今日はおとなしく帰りますか。」

と、言いながら動く気配が無い。

「ん?ハグしないの?」

自分の店のお客様やアルバイトの前でできるわけがない。

「キスは?」

なおさらできない。
首を横に振る。

「ちぇー。ま、しょーがないか。」

悪戯っ子から、カラッとした笑顔に戻る。

「じゃあ『またね』、絶対だよ。」

またねと返すと、まいちゃんは駅の方に足を踏み出す。



小さく手を振り
少し見送ってから
二階のデスクに戻る。


バックヤードには、ちょうど休憩の吉川くんがいた。

「店主!いったいあの綺麗な人、誰なんですか!?まさか彼女さんじゃないですよね?」

残念ながら彼女にはなってもらえなかったのだ。

「あと、おっぱい大きかったっすよね!?いいなー巨乳で美人の友達!いいなー!!」



吉川くん、君ねえ……。

ひとり、溜息をついた。

(続く)

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