【小説】白い世界の朝に~②花鳥風月~
「私はこれからいく所があるけど、海翔は?」
「特にないけど。どこに行くの?」
「この時期、梅の花を見ながら足湯できる穴場スポットがあるの。そこに癒されに行くんだ。」
「それって予約しないといけない感じ?俺も梅の花見ながら足湯して癒されたい。」
海翔は不思議だ。自然と人を魅了する。
まるで、"ずっと前から友達だった"ような感覚になる。
「予約はいらないよ。少し遠いから行くならもう出発しないと。」
「なら急ごう!」私の手を取り全速力で走り出す。
嬉しそうに笑っている海翔の横顔を見ながら思う。
やっぱり綺麗だ・・・。
「とりあえず、野草園のバス停まで戻ったけど、これからどうするの?」
「ここからは・・・タクシー・・・」息が苦しくて上手く話せない。
「もしかして走らなくても良かった・・・?」私の様子を心配そうに伺う。
「そう・・ね。走る必要はなかった・・かな・・。」息切れがおさまらない私。前屈みになって、はぁはぁ言ってる私を覗き込み
「一緒に来てもいいって美羽が言ってくれたのが嬉しくて。ごめん。」
「大丈夫。もっと運動する。」変な決意表明をする私。
海翔は笑ってた。
野草園前に、何台かタクシーが停まっている。運転手さんに行き先を告げ、タクシーに乗り込む。その頃には太陽に照らされて、雪が溶け始めていた。
タクシーに乗ってからはお互い窓の外を眺めている。あんなに話しかけてきていた海翔がずっと無言だ。寝てるのかな?と思い視線を向ける。
起きている。窓の外を眺めていた。
その横顔は何処か儚げで、淋しそうに見えた。
私の視線に気付き、海翔は横目で私を見ながら微笑むだけだった。
しばらくタクシーに揺られ、川にかかった赤い橋を渡り、目的地に着いた。
タクシーを降り、伸びをしながら「お腹空いたね。ご飯にしよう!」と私が提案する。
「いいね。賛成!」元気な返事が返ってきた。気のせいだったかなと思い、元気そうな海翔を見て安心した。
向かった先は、私が必ず立ち寄るお気に入りのカフェだ。すぐそばに川が流れていて、どの季節に来ても景色にいつも癒される私の大好きなカフェ。
中へ入ると川が見える大きな窓の近く席へ案内された。
席に座ると海翔は店内を見渡し「いい感じの店だね。気に入った。」
どうやらお気に召したようだ。
「暑い季節だと、この窓を解放してテラス席になるから、川の音とか近くで聞こえるんだよ。」と教えた。
「へえー。いつも来るの?ここは美羽のお気に入り?」
「そうだね。いつもって訳じゃないけど、季節が変わる度に1度は来てるかな。」
「そうなんだ。じゃあ、俺もお気に入りにしてもいい?」
「別に私に断らず、お気に入りでいいんじゃない?」
そんな会話をしていると、店員さんがこちらを見ているのが視界に入った。
「海翔、何頼む?先に注文しよ。」と慌てて海翔にメニューを開いて見せた。
「美羽のお勧めは?」
「どれも美味しいんだよねー。んー、でもお腹空いてるならおろしハンバーグがお勧めかな。」私は指差す。
「クマが乗ってる!?」「気付いた?」
そう。ハンバーグの上に大根おろしのクマが乗っている写真を指差したのだ。
「私はこれと、ハーブティーにしようかな。」
「俺もこれと・・・コーヒーかな。」2人とも決まったので店員さんを呼び、注文する。注文が終わり店員さんが厨房に戻ると
「美羽は何が好き?」
「何!?急に。」私は焦った。
海翔の嬉しそうに笑う顔や、端正な顔立ちが綺麗で"ちょっと好きかも"なんて思って見ていたのだ。
「美羽はどんなものが好きなのかなぁって。もっと美羽を知りたいって思ったんだ。教えて?」
私の好きなものかぁ・・・少し考えたがすぐに思い付かず、今日起きてからを振り返ってみた。
「・・・冬の朝の冷たい澄んだ空気感、冬の優しく暖かい朝日、お餅にナッツと蜂蜜をかけて食べるのも好きだし、あと、梅の香りが好き。
あとは・・・」
視線を上げ、海翔を見る。
海翔の琥珀色の瞳は柔らかく、優しい眼差しで私を見ていた。
「お待たせ致しました。」鉄板に、クマが乗ったおろしハンバーグと飲み物が運ばれてきた。美味しそうな匂いと、熱々のハンバーグから立ち上がる湯気が食欲を刺激する。
「旨そう。いただきます。」と海翔は食べ始めた。
海翔は子供のように、
「なんかさあ、どう切っても残酷だよねぇー。でも本当、旨い。」ハンバーグとクマを躊躇なく嬉しそうに、ナイフで切って食べていた。
私はティーポットに入っている、レモングラスとレモンバーム、そしてミントのフレッシュハーブティーをカップに注いで一口飲んだ。
レモンの香りとミントの爽やかさで、心が落ち着く。
ずっと気になっている事がある。
海翔が今日墓地に、『誰』に会いに来たのか・・・。
手を合わせていたあのお墓は『誰』のお墓なのか・・・。
タイミングを見計らっているが、ずっと聞けないまま。
今はまだ聞くタイミングじゃない。そう思った。
昼食を済ませ、カフェを出た。道なりに少し歩いていくと、小高い丘の斜面にたくさんの梅の木が見えてくる。
遠目に見ても紅や白の花が、ちらほら咲いてるのが見える。
「あそこを少し登ると、目的地だから。」
海翔からの返事がない。私は後ろを振り返る。すると、丘の斜面の梅の花をじーっと眺めて立ち尽くしていた。
「美羽・・・すごいね。すごい綺麗だね・・・」
満開ではないけど紅梅と白梅が入り交じって咲いてて、たしかに綺麗だ。
「満開なら海翔、感動して泣いちゃうかもね。」冗談で言ったつもりだったが、海翔は
「本当に俺、泣くと思う。」瞬きさえせず、斜面の梅の花を見ながら言った。
「足湯しながら見れるんだよね?」
「うん。もっと間近で見られるよ。」
私は海翔をここに連れてきて良かったと、心の底から思った。
坂を登っていくと、時代劇に出てきそうな『茶屋』風の古民家が一軒ある。
中へ入り、券売機で足湯と書かれた券を2枚買って店員さんに渡す。「奥になります。ごゆっくりどうぞ。」
温泉を彷彿とさせる暖簾をくぐり、通路を奥へ進むと中庭に出る。縁側の窓を開け外に出ると、中庭には大人数で利用できる大きな足湯と、2人がけ用の足湯コーナーが何席かある。
屋外の為、大きい足湯には屋根、2人がけ用の足湯には和紙でできた赤い大きな傘が立てられたいた。
「ここがいい。」
海翔が選んだのは、赤い大きな傘がある2人がけ用の足湯。
そこは梅の花が目の前で見れる特等席だ。
「じゃあ、ここにしよ。」
並んで座り、各自、靴と靴下を脱ぐ。
湯気が出るお湯に、恐る恐る、そぉーっと片足ずつ入れる。
「あっつっ。」海翔が言う。
「足が冷えちゃってるから、最初は熱く感じるよね。でも、慣れるとちょうど良くなるよ。」と言いながらも私の足もお湯の熱さで、つま先がじんじんしている。
ここは温泉街から少し外れた場所にあるが、温泉の源泉から引いてきている為、温度は高めで少し硫黄の匂いがする。
「どう?慣れてきた?」
「慣れてきた。熱くなくなるの凄いね。
俺、足湯なんて初めて。今日は初めてづくしだよ。」
海翔は目の前に咲いている、白梅をじっくり観察しながら言う。
私はずっと気になっていた事を、今なら聞けるような気がして海翔に質問してみる。
「ねぇ海翔。」
「なに?」梅の花をじーっと観察しながら海翔が答える。
「海翔が今日お墓参りしたのは、誰のお墓だったの?」
「親父の墓だよ。」
梅の花を見たまま海翔は言った。
「お父さんのお墓参りなら、私と一緒だね。そっか。海翔もお父さんに会いに来てたのか。」私が言うと
「美羽とは違う。」海翔梅の花を見たまま言う。
「え?」
もしかしたら、私は"傷つける事をいってしまったのではないか"と、無意識に言葉にしてしまった事を後悔した。
海翔はそんな私の様子に気付いたようで、
「あ、ごめん。そういうのじゃないよ。ただね・・・
俺は親父が嫌いだったんだ。」
そう言った海翔は、私を見て笑った。
そしてすぐ、また梅の花に視線を戻しながら
「気付いてると思うけど、俺、美羽と瞳の色違うでしょ?クォーターなんだ。」
「琥珀色の瞳だし顔立ちが端正だから、なんとなく気付いてた。」私は答える。
「少しだけ俺の話聞いてもらっていい?」
「今まで誰にも話したことないんだけどね・・・。」
花を見る海翔がどこか儚げで、淋しそうだった。
「海翔が話したいと思ったのなら、ちゃんと聞くよ。」
その言葉を聞いた海翔が、自分の過去を話始めた。