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本日の一曲 vol.408 ジャクソン・ブラウン あふれ出る涙 (Jackson Browne: Here Come Those Tears Again, 1976)
ジャクソン・ブラウンさんは、1948年10月9日に当時の西ドイツ・ハイデルベルクに生まれ、1951年に家族でアメリカ・ロサンゼルスに移住し、アメリカで育ったミュージシャンです。
高校卒業後、ニューヨークでバンド活動と音楽関係のライターの仕事を始め、そこでニコ(Nico)さんのバック・バンドに加入してニコさんと恋愛関係になり、1967年10月にニコ(Nico)さんのソロ・アルバムに収録された「青春の日々(These Days)」を提供しました。ただ、当時はジャクソン・ブラウンさんは高校を出たばかりの少年、ニコさんはアラサーの人気モデルでしたので、ジャクソンさんがニコさんに弄ばれ、ジャクソンさんは失意のうちにロサンゼルスに戻ったようです。
収録されたアルバム「Chelsea Girl (1967)」のプレイリストと音盤です。
ジャクソンさんは、セカンドアルバム「フォー・エヴリマン(For Everyman, 1973)」でセルフカバーをしました。
この「青春の日々」がきっかけになったのだと思いますが、ジャクソン・ブラウンさんの曲をいろいろなミュージシャンが取り上げるようになりました。たとえば、フォーク歌手のトム・ラッシュ(Tom Rush)さんに提供した「シャドウ・ドリーム・ソング(Shadow Dream Song, 1968)」などです。
ジャクソン・ブラウンさんは、1972年にセルフタイトルのデビューアルバムをリリースし、このアルバムはそこそこのセールスを記録しました。また、当時、親交のあったグレン・フライ(Glenn Frey)さんに「テイク・イット・イージー(Take It Easy)」を提供し、この曲がイーグルス(Eagles)のデビュー・シングルとなり、スマッシュ・ヒットとなりました。
ジャクソンさんは、この「テイク・イット・イージー」もセカンドアルバムでセルフカバーをしました。
一方、ジャクソンさんは、1973年、交際していたモデルのフィリス・メイジャー(Phylis Major)さんとの間に息子のイーサン・ブラウン(Ethan Browne)さんをもうけ、1975年にフィリスさんと結婚し、同年のツアーは家族で同行していました。そして、4枚目のアルバムのレコーディングに入るのですが、フィリスさんは、1976年3月25日に30歳の若さで自らの命を絶ってしまったのです。直接的な原因は薬物の過剰摂取でしたが、フィリスさんは当時鬱だったと言われています。同年11月に4枚目のアルバム「プリテンダー(The Pretender)」がリリースされ、直後にシングルカットされた曲が本日ご紹介する「あふれ出る涙」です。
この曲には、フィリスさんの母である ナンシー・ファーンズワース(Nancy Farnsworth)さんの名前がクレジットされていますが、1975年のツアーのときにナンシーさんがジャクソンさんに歌詞の一部を提供したと言われています。歌詞の大意は失恋の歌ですが、フィリスさんの死を背景に制作されたことは容易に想像できると思います。
noteにはtahfullyさんのこの曲の紹介記事があり、訳詞を掲載されていますオンで、ご覧ください。
ジャクソン・ブラウンさんのセカンドアルバムのプレイリストと音盤です。
「プリテンダー」のプレイリストと音盤です。
ニコさんについては、一度とりあげたことがありましたので、こちらもご覧ください。
(by R)
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