8回目のお遍路
7月8日(土)
6月は、愛媛県久万高原町の45番岩屋寺で終了。今回は岩屋寺から国道440号線まで戻った地点からのスタートです。今回も前回同様、土曜日の夜遅く松山市に入り、前回泊まったホテルで宿泊、翌朝は3時にタクシーで久万高原まで戻るという予定を立てていました。ところが、金曜日辺りから九州、山陰辺りに梅雨前線停滞による集中豪雨が発生するとの予報。前回も、雨で新幹線が大幅に乱れ、松山まで到達できるかどうか、危い経験をしたこともあって、直前の木曜日に全ての予定をキャンセルし、場合によっては断念しようかとも思っていました。しかし、それでもなかなか断念の決心ができず、今回はJRではなく、比較的止まる事が少ない長距離バスで行くことになりました。お遍路で夜行バスを使うのは初めてです。
仕事を終え、ゆっくり家で食事をして、シャワーも浴びて、21時20分八条口発のバスに乗りました。ゆったりシートの便が無く、今回は4列シートで、少々窮屈でしたが、思っていたほど辛くもなく、ぐっすり安眠して松山へ向かうことができました。夜行バスは、時間を上手く活用できるので、これ位のしんどさであれば、これからも積極的に利用してもよさそうです。
7月9日(日)
朝5時20分。松山市内の三越前に到着。予約していたタクシーで、33㎞先の久万高原へ向かいました。早朝なので、30分ほどで久万営業所バス停前に到着。雨は予め覚悟していたので、リュックにカバーを掛け、この時期合羽はあまりにも暑くて辛いので、傘を片手に歩き始めました。まずは、15㎞先の46番浄瑠璃寺を目指します。三坂峠の手前で、車専用のバイパスと別れ、旧道をひたすら遍路しましたが、車はほとんどバイパスを経由するので、国道なのに車の往来が無く、快適に歩くことができました。
8時前に久万高原町から松山市へ入り、ほどなく三坂峠を越え、440号線から県道194号線に入り、10時過ぎ、46番浄瑠璃寺に到着しました。お参りを終え、一息ついて、47番八坂寺へ向かいますが、有難いことにここからは1㎞ほどの距離。時折雨が強く降ってきます。
10時56分、八坂寺に到着。境内には、敬愛する坂村真民さんの「念ずれば花ひらく」の大きな石碑が建てられていました。
11時26分、次はここからおよそ5㎞先の48番西林寺へ向かいます。次の西林寺へ向かう途中、浄瑠璃寺で教えて頂いた渡部家住宅に立ち寄りました。こちらでは、日曜日だけ、地元の方々によるお接待をされています。渡部家は江戸時代末、庄屋さんをされていたお家で、火事や空襲にも合わず、建物はほぼ当時のまま残され、国の重要文化財にも指定されています。こちらでお茶とお菓子のお接待を受け、また渡部家住宅やこの地方の歴史を、色々と教えて頂きました。ボランティアの皆様ありがとうございました。
雨は一向に衰えそうになく、あまり長居していることもできないので、意を決し、お家を後にしました。
渡部家住宅から直進し、重信川を渡り、13時前に西林寺到着。このお寺は境内の土地が低く、八十八カ所中、唯一、石段を降りた先に仁王門があります。お参りを済ませ、13時20分にお寺を後にし、お寺がお奨めされていた近くのうどん屋さんへ行きました。味十味というお店で、かけうどんと、天ぷら、おにぎりを頂きました。おうどんは京都人好みの柔らかめ。お出汁も美味しく頂きました。店内をふと見渡すと、坂村真民さんの書が掲げてあります。表に出てみると、こちらにも!真民碑が!おうどん屋さんにとても親近感を覚えました。
腹ごしらえを終え、次はおよそ3㎞先の49番浄土寺へ向かいます。雨は相変わらず降っています。浄土寺には14時20分に到着、さらに2.5㎞先の50番繁多寺へ向かいました。お参りを終えて繁多を出たのが15時30分。今日の最後は51番石手寺です。お寺の受け付けが締まるまでに、何としてでも到着しなければなりません。歩くスピードを少し上げて、石手寺へ向かいました。そして、16時、石手寺に到着。石手寺の境内は非常に広く、6万6千㎡もの敷地を有しているそうです。また、国宝に指定された仁王門や三重塔など、お遍路以外の観光客も多いそうです。御朱印がギリギリになると申し訳ないので、先に御朱印を受け、今日最期のお勤めを済ませました。
お寺を16時45分に出て、今日のお宿へ向かいますが、一旦すべてキャンセルしてしまったので、これから宿泊場所を探さなければなりません。幾つか検索して、松山城近くのアパホテルへ行ってみることにしました。道後温泉のある道後公園を過ぎ、松山城の北側の平和通りを歩いていると、ふと大きな看板が目に入りました。ビジネスホテルのようですが、その中でもひときわ目についたのが、奥道後温泉からの引湯のお風呂があるという一言。朝から歩き続ける私達には、大きなお風呂があることほど、魅力的なことはありません。思わずフロントへ行って、空き部屋の有無と料金を確認し、その日のお宿が決まりました。
部屋へ入ってすぐに、お風呂へ直行。私達以外に、まだ宿泊者もおられず、湯船にゆったり浸かり、体をほぐしたのでした。
お風呂でさっぱりした後は、腹ごしらえ。でも日曜日ということもあって、その付近にはあまりお食事処がありません。マップで色々と探し、5~6分歩いたところにある、居酒屋さんへ行くことになりました。おじさんがお一人で切り盛りされているそのお店で、ビールとあてを色々頂いて、最後にもつ鍋を注文。久しぶりのもつ鍋で、遍路の疲れもすっかり癒え、ホテルに戻りました。
7月9日(日)
朝5時起床。この日は途中でモーニングなどを頂こうということになり、起きて支度をし、いざ部屋を出ようとしたときのことです。準備を終え、眼鏡をかけようと眼鏡を探すも、見当たりません。???。記憶を辿ってみました。昨日、お風呂へ行ったときには、眼鏡は確かにしていた。お風呂から部屋に戻り、ご飯を食べに出た時にも、眼鏡はしていた。お店へ入り、食事をして、最後の締めのもつ鍋を食べる際、眼鏡が曇るので、その時眼鏡をはずしてカウンターへ置いた。食事を終えて、お店を出た時に、眼鏡をかけていたかどうかは不明。
ということで、恐らく、このお店のカウンターに置き忘れて帰ったような感じです。お店の名前も分かっているので、後日連絡を取ることにして、この日は終日眼鏡無しで活動する羽目になっていまいました…。眼鏡無しで、全く見えないことはありませんが、でも無いと景色はボーッとしていて、もう一つシャキンとしません。距離感もいつもと違っているので、足元に注意しながら歩きました。
朝6時にホテルを後にして、歩き始めました。太山寺から手前2.5㎞の所にあったファミマに入り、店内でパンとコーヒーの朝食を頂きました。腹ごしらえを済ませ、7時に再出発、7時43分に太山寺に到着。こちらの境内にも、「念ずれは花ひらく」の真民碑があり、この界隈には真民先生を信奉される方の多いことを感じました。お参りを終え、8時30分、ここから2.1㎞先の53番圓明寺へ向かいました。今日はもう雨は降らないという予報でしたが、相変わらず雨時々曇りのお天気で、今日もまた傘をさしながらの遍路です。
8時52分、圓明寺に到着、9時15分に出発しました。次はここから40㎞先の今治にある54番延命寺です。今日中の到着は厳しいので、次回のために、歩けるところまで頑張って歩くことにしました。海岸線とJR予讃線に沿って国道を歩くルートです。ところが10時30分頃、雨が豪雨になってきたので、屋根のある駐輪場でしばらく雨宿り。この後は、電車の時刻を見ながらの遍路です。電車は一時間に数本しか走っていないので、一つ逃すと、帰りの特急に乗り遅れてしまいます。歩く速度と次の駅までの距離を見ながら歩きました。
そして、15時に伊予亀岡駅に到着、ここで普通電車にのって今治まで行き、今治から岡山行きの特急に乗り換えます。ところが、電車が10分以上遅れてしまったため、今治発16時06分の電車が危ういことになりました。今治に着いて、時間を気にしながら京都までの切符を取り、特急も若干の遅れがあったため、無事に電車に乗ることができました。
今回は、たったの2日間でしたが、色々なハプニングもあって、なかなか変化にとんだ遍路となりました。また、この時期の遍路は、大雨、暑さも予め織り込み済ではありましたが、やはり歩き遍路ではこの時期位が限度のようです。次回は、9月頃の予定です。
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