モネのガトーショコラ
よいしょ、というひとりごとが友人の口癖だった。人の口癖というのは気になるもので「あ、また言ったな」と心の中で思う。
友人の「よいしょ」はまるみを帯びている。投げやりでも嫌々でもなく、そっと置くような響きで「よいしょ」と言う。
友人はたいへん優しくて面倒くさがり屋で、しかし料理が得意なので度々料理を振る舞ってくれる。わたしたちは趣味が合い、たまに一緒に家でご飯を食べたりじっと漫画を読んだりして過ごす。
深夜に煙草吸いに行こ、と公園に呼び出しても嫌な顔ひとつせずすぐに来てくれて、たいした話もせず解散する。学生時代に戻ったみたいな時間をわたしたちは過ごしている。
友人の料理はあたたかくておいしい。ご飯を何度振舞ってもらってもおいしくて、わたしは友人よりおいしいご飯を自分で作れた試しがないと思う。
こんなにおいしいご飯が作れるってすごいことだよ。おいしいご飯は生きる気力になるし、幸福をもたらすし、それって本当に誰にでもできることじゃないよ!
と、わたしは何度となく友人に言う、困った友人が困った挙句「よっしゃあ」と言う。
今年はおいしいご飯を大切な人に振る舞えるように、わたしももう少しおいしさを追求してみようかな。おいしいご飯を作れたら、きっと自分にとっても人にとってもやさしい光になる。
追記 : 「モネのガトーショコラを作ったから食しませんか」とLINEが来て飛び上がった。
「モネのガトーショコラを作ったから食しませんか」
なんて完璧な誘い文句!
以前わたしが貸した原田マハ「モネの足跡」を読んで友人は「モネの食卓」というモネが好んで食べていた美しい料理の数々が載せられたレシピ本を購入した。
ページをめくるだけでわくわくしたレシピ本に載るガトーショコラは、さすが友人が作っただけある、口のなかでとろける大層うっとりとした味わいだった。