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魔女の手
自分の爪にマニキュアを塗り直すとき、わたしは小学生の夏休みを思い出す。
母は昔からよくマニキュアを塗っている人で、手を綺麗に見せてくれるような地味な色合いのものを爪の保護も兼ねて塗っている。
それが羨ましくて、夏休みの間はよく母にねだって塗ってもらっていた。母は手先が器用なのでそつなく綺麗に塗ってくれる。
あんたら不器用じゃね、なんて母はよく笑って言う。わたしと姉は、姉妹揃って不器用だったから。
それでもマニキュアだけは何度も自分で塗って、すこし上手に塗れるようになったと思う。
あんたが生まれる前にね、爪を伸ばして白く塗っとったんよ。あんたが予定日より1ヶ月はやく生まれることになって、看護師さんに怒られながら落としたんじゃけど。
母はよくその話をした。わたしはその話が好きで、母の指の先の白く塗られた、長くとんがった爪を想像する。魔女みたいな、と母に形容されるその爪はわたしの中で母とうまく結びつかない。
実家でわたしと母は寝室が一緒だった。
たまに帰省してもそれは同じで、ふたりでよく眠る前にマニキュアを塗り直す。
父が部屋に話しかけにきては、部屋中に充満する特有の匂いに顔をしかめ、こんなとこにおったらしぬ、とか適当な暴言を吐いておやすみと去っていく。
2人で顔を見合わせていたずらしたみたいに笑う時、わたしは母と友人のような気持ちになる。大人になった今でも、わたしは帰省したら母にマニキュアを塗ってもらうことにしている。
母の、筆を動かす動きを見ていると魔法のようだと思う。静かに載せられていく色がだんだんと鮮やかになって、わたしの爪はカラフルになる。
爪のね、端っこまで塗るよりも隙間を開けた方が綺麗に見えるんよ。母はそう言うが、わたしはいつも満遍なく塗ってしまう。
マニキュアを塗り直している時、わたしは離れて暮らす母のことを思う。もうよく目が見えんのんよ、とかなんであたしにやらすん、とか文句を言いながらも母は上手に塗ってくれる。
帰省するたびにわたしはキャリーケースにマニキュアをいれて帰る。お揃いの色に塗り直すために。
あんたの爪は綺麗じゃけえどんな色も似合うねえ、と母はよく言う。わたしが生まれる前、白く塗っていたというとんがった爪をわたしはうまく想像することができない。
魔女の手は今やすっかり母の手になっている。派手な色は似合わなくなったけれど、お揃いのきらきらがすこしでも魔女だった頃の気持ちを思い出せることを願って、今度帰る時はきらきらのマニキュアも一緒に持ち帰ろうと思う。