スティーブ・アルビニの話
MIX WITH THE MASTERS
Sound On Sound誌が主催するYouTubeチャネル"MIX WITH THE MASTERS"のSteve Albini氏の回をなんとなくクリックしたら、面白い話が沢山あった。
アライさんは実は、あまり彼に思い入れはなく、正直詳しくもないのだが、この動画で彼が語っていることは腑に落ちるしジャンルを問わず示唆的に思えた。プラグイン全盛の時代にあって、逆説的にヒントになることがたくさんある。
今の時代にあっても、こういう話って意外と聞けないな、日本語のアーカイブもあんまりないなと思ったので、簡単にいくつか抜粋して趣旨を雑に和訳してみた。Q&A形式である。
音が似ている2つのギターをミックスするコツ
0:21
私は、同じ楽器を使ってダブルにすることはあまりない。ギターの同じフレーズであれば、ギターを変える。たとえば同じレスポールでもふたつめのトラックを別のレスポールで録るだけでも違う。同じ楽器でもポジションや演奏する弦・フレットを変えることで回避できることもある。わずかにチューニングを変えることもある。
レコーディングの段階ではそのように解決する。ミックスでこの問題にあたったら、つまり同じギターで同じように演奏された2つのトラックを扱う場合は、パニングで解決する方法が、もちろんある。別の二人が別の楽器でたまたま同じような演奏をした場合などは、この方法で自然にミックスできる。
一般論として、アンプやペダルを変えるより、ギターを変えたほうが良い結果になることが多い。
サンプル音源と簡素なスタジオについて
7:22
サンプルを使う、あるいはトリガーとサンプルを使って生演奏を増強させることは、私の場合、極めてまれだ。バンドのサウンドがもともとサンプルを使う前提でないかぎり。アルビニサウンドはルームマイクの音が要だ。そのサウンドが、いままで一緒に仕事をしてきたバンドの美学にも合っていた。
かつてレコーディングの歴史の中で、ドラムの「録れ音」は「生音」とは違うものだという価値観があった。たとえそれが生音とは異なっていても、スタジオで録ったドラムの音はこうだという価値観があった。70-80年代は、理想の音に近づけやすい、結果が予想しやすいなどの理由でドラムマシンが使われた。
しかし、パンクの時代以降から今に至るまで、旧来のやりかたで録られたいわゆるスタジオの音よりも、ライブでの音、バンドの生音を想起させるような音、ナチュラルなリアリズム的録音が好まれるようになった。
私は、小さなスタジオで8トラックのレコーダを使って仕事を始めたが、当時から狭い部屋で自然なルームリバーブを録っていた。スタジオの広さや機材は必ずしも不利な要素ではない。なんとかなる。
ドラムを部屋の残響をカットしたドライな状態で録って、あとから合成リバーブを付け足すということは私はしない。自然の法則に反する。でっちあげられたハリボテの人工物は音楽鑑賞のじゃまになる。私がリスナーなら、嘘をつかれたと分かった瞬間に、その音楽への興味を失ってしまう。私のようにライブ音楽が好きなリスナーは、ライブで経験した感覚を呼び覚ますような音を求めている。
なおバンドのサウンドがはじめからサンプルを使う前提の音作りであった場合は、彼らなりの作法があるはずで、それに従いそのまま扱う。
学校について
15:10
複雑な感情がある。名前だけの授業料が高額な学校がある。(教育機関ではなく、もはやそれは)営利団体だ。やる気がある若い学生に、学生ローンの名を借りてとんでもない額の借金を負わせることを前提とした、借金を生むための産業だ。そういった意味では反対だ。学生ローンのお手軽さにつけこむような、やる気と野心のある人ほど避けづらい搾取だ。ひどい。
一方で、学生に対しては、とても思い入れがある。沢山学んで経験してプロになってほしい。レコーディングの専科でなくても、物理学、音響学、電気工学など役に立つ学科・学問・大学はたくさんある。専門の学校に行かなくとも音楽関連の学位は取れるし、経験は学校よりもスタジオで身につく。どんな出身であっても、まともな人はまともだが、あまりにも座学偏重になりつつある現状は危険だと思う。
録音音楽の未来について
24:40
私は、自分の仕事をどこか「記録者」のようなものだと思っている。私のところに来るバンドはだいたいまだ成功していない人達が多い。したがって、時間の流れの中でこれからたくさんの聴衆を手に入れる可能性がある。適切なリスナーがみつかるまでの時間、アナログテープの記録が「持つ」必要がある。
コンピュータに記録された媒体は、移り変わりが早いフォーマットのせいであとになって再生できないことが多い。アナログテープではここ数十年で一度もそういうことはない。マルチトラックであれステレオマスターテープであれ、50年後でもどんなデッキでも再生できる。それどころか、あとになってからのほうが高解像度で再生できる。テープは極めて保存性の高い記録媒体だ。テープマシンは作りがシンプルで極めて壊れにくく、修理もしやすい。
この保存性という理念が、いまだにアナログに拘る理由だ。デジタルで録られたセッションはすこし時間が経つと再生できない。
機材ヲタの機材トークについて
33:17
レコーディングのノウハウは極めて個人的なものだから、その全貌を語るのは簡単ではない。一方で機材は単なる物で、同じものを買えば同じだから、皆で語りやすい。だからみんな機材について語るのはしょうがない。
一方で、私が自分の技術や経験を即座にシェアするのは、その技術が知られれば知られるほど皆に語られやすくなるというメリットがあるからだ。
追記
(別の動画で次のように語っている)
「スネアにSM57が合う」などという通説はあるが、私はそうは思わなかった。全部自分で確かめて自分のベストを探してきた。そちらの試行錯誤と経験が大事。録音に関して、他人の言う通説じみたことは信用するな。他人の言うことを鵜呑みにして機材を選んでいる限り「自分自身のサウンド」はいつまで経っても得られない。
思い出のレコーディング経験について
36:50
Ray Washmanとバンドをやっていたとき、彼はタムの表も裏も共に時間をかけてチューニングしていた。私がタムの表ヘッドだけにマイキングしたところ「裏もマイキングしたら?」と言われた。以後25年以上、タムも両面マイキングするようになった。ナチュラルでリアルなサウンドになる。
ミックス時にマスタリングのことを考える?
40:58
マスタリングに期待するのは危険な発想だ。分別のあるマスタリングエンジニアほどあまり変えない。ミックスの段階で満足のいくミックスを終えるべきだ。
マルチトラックテープでの掛け録りについて
マルチテープに録られた音がそのまま完成形であるべきだと思っている。ただ、EQやコンプは使うにせよそこまで深く掛ける方ではない。
ドラムなら、演奏を聞くことから始める。演奏を聞いて良いと思えるのに、録音をプレイバックして詳細に聞いたときには違和感を覚えるような場合、だいたいは演奏ではなくて録音技法に問題がある。マイキングを変えたりマイクを変えたり、あるいは逆に違和感を利用したり。
ドラムを生で聞くと、その振動や視覚情報などがあるので、録音を聞くときと印象が違う。特定のマイクを強調したり、バランスを(わざと)崩したりして、生の演奏を想起するような音を生成する。
したがって、録音対象の音を操作することに私が反対しているというわけでは全くないし、必要ならやる。録音されたものが後々のトリートメントなしでもそのままで満足のいく形であることが理想だ。