ショートショート98:困ったときに吹く笛
旅人は道中の酒場で大魔法使いの女と仲良くなった。
一晩飲み明かした朝。先を急ぐという女はフラフラの足で酒場を出ていこうとした際に、奇妙な形の笛を旅人に渡した。
「これは信頼の証。困ったときに吹いてね」
吹くとどうなるのか、ということまでは教えてくれなかった。しかし大魔道士のくれたものだ。さぞ有効な使い道があることだろう。旅人はそう思い、肌身離さず笛を持っておくことにした。
旅人は酒場を出て森へ入った。深い森の中にはたくさんの魔物が息づいていた。旅人はほうぼうで集めた情報や道具を活かし、上手に魔物を避けながら森を進んだ。
ところがある夜、ほんの些細なミスがきっかけで旅人は大量の魔物に囲われてしまった。手にした武器は頑丈だが覇気に欠けるナイフが一本と、松明のみ。しきりに松明を振り回してみても、異形の怪物たちは嘲笑うかのように首を傾げるだけ。
絶体絶命のピンチ。
そのとき旅人は大魔道士の笛の存在を思い出した。
困ったときに吹いてね、と彼女は言っていた。
今こそ吹くときではないか。
旅人は紐でくくって首に下げていた笛を取り出し、肺を空っぽにするほどに全力で笛を鳴らした。
ひゅろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろっっ
高く澄んだ、美しい音が絶望のさなかに響き渡る。
何が起きるのだろう、としばらく待ってみたが、何も起きない。
旅人は諦めずにもう一度吹こうとして笛を見て、その側面になにか文字が刻まれていることに気がついた。松明の火をかざして読んでみる。
『心が安らぐキレイな音がするでしょ? 困ったときにぴったり』
周囲の魔物たちが一斉に飛びかかってきた。
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