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ショートショート41:消しゴムをくれる女の子

 小学生のとき、僕はよく消しゴムを忘れた。

 勉強が嫌いすぎるあまりに筆箱を持ち歩く習慣がなく、鉛筆は辛うじてランドセルの奥底に常備していたものの、消しゴムまで気が回らなかったのだ。

 しかし手で文字を書く以上、間違えることがよくある。僕は特によく間違えた。ついでに落描きもした。そういうときに消しゴムがないととても困った。

 だから隣の席の女子に借りていた。

 最初は消す用事ができたときに都度借りていたのだが、あまりに僕がよく消しゴムを忘れるので彼女はそのうち僕に貸す用の消しゴムを持ってくるようになった。実質僕専用の消しゴムだったわけだが、僕の持ち物ではない照明として、毎時間の終わりに必ず返却していた。

 しかしそのやり取りをするのも煩わしくなったのか、彼女は僕の誕生日に可愛らしい袋でラッピングされた消しゴム詰め合わせセットをくれた。

「これでもう借りなくて済むでしょ」

 と彼女は言った。非常に甘いと思った。

 僕は別に消しゴムを持っていないわけではない。ただただ持ってこないだけなのだ。そう言うと彼女は、

「じゃあ引き出しに入れておきなよ」

 と至極真っ当な指摘をしてきた。僕はもらった消しゴムを言われた通り教室の自分の机の引き出しにしまった。

 それでしばらくは彼女に消しゴムを借りずに済んだのだが、僕があまりにだらしないせいで、もらった消しゴムは毎日一個のペースで消えていった。

 教室移動などのタイミングで消しゴムを特別教室に持っていき、忘れたことに気が付かずに普通教室に戻ってきて、引き出しの中からたらしいものを使い、それをまたなくす。あるいは力強く消しゴムを書きすぎて、もげて、小さい方を使わずに捨てる。繰り返すたびに消しゴムはどんどん小さくなっていく。僕はおよそ並の人間には理解されない負のループに陥っていた。

 とはいえここまで来たらもはや意地の張り合いみたいなもので、彼女は何が何でも僕に消しゴムを常備する習慣をつけさせようとことあるごとに消しゴムを渡してきた。クラスの中でバレンタインに彼女からお菓子ではなく消しゴムをもらったのはきっと僕だけだったに違いない。

 しかし僕も僕で内なる謎の抵抗勢力が「消しゴムを常備するなんてダサいことするな」と囁いて、何が何でも彼女の消しゴムをなくすように努力した。なくせば補充される補充されれば意地でもなくす。

 あれからおよそ20年がたった。

 さすがに消しゴムをなくすことはなくなったし、何なら使う機会も減ってきたが、彼女は今でも誕生になると消しゴムの詰め合わせをくれる。小学生の時と違うのは、近所の文房具店の安い消しゴムではなく、それなりにおしゃれな消しゴムをそれなりに時間をかけて選んでくれているという点だ。

 最近は娘も一緒に選ぶようになったらしく、僕の誕生日の楽しみは二倍になった。


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