ショートショート90:無敵バリア
少年はある朝目を覚ますと”無敵バリア”を手に入れていた。
無敵バリアは非常に便利な力だった。殴られたり蹴られたりする瞬間に
「無敵バリア、発動!」
と心のなかで思えば、見えない壁が目の前に現れて少年を守ってくれるのだ。無敵バリアは文字通り無敵で、パンチやキックは愚か、刃物や自動車などからも少年を守ってくれる。サッカーやバスケなどで使用すればディフェンスに邪魔されることなく敵陣まで難なく切り込める。雨の日に傘を指す必要もない。
少年はこの無敵バリアを駆使してクラスの日陰者から、人気者まで一気に上り詰めた。もちろん無敵バリアのことは誰にも言わないでいた。言っても信じてもらえないだろうし、チートだという自覚があったからだ。
少年の成長とともに無敵バリアも強化されていった。
最初は物理的なものにしか反応しなかったバリアだが、次第にそれ以外にも使えるようになった。
成長するにつれて人との関わりが増えてくる。その中には嫌な人間も大勢いる。無敵バリアはそういう人間が放つ悪口や批判からも少年を守ってくれた。
少年は自分が「嫌だ」と思う人間に出会うたびに「無敵バリア、発動!」と心のなかで唱え続けた。
パンチに無敵バリア、キックに無敵バリア、悪口に無敵バリア、批判に無敵バリア、自分と違う意見に無敵バリア……。
「無敵バリア、発動!」「無敵バリア、発動!」「無敵バリア、発動!」「無敵バリア、発動!」「無敵バリア、発動!」「無敵バリア、発動!」「無敵バリア、発動!」「無敵バリア、発動!」「無敵バリア、発動!」
制限がないことをいいことに無敵バリアを使いまくっていたある日の朝。
少年は目が覚めるとベッドの上から身動きが取れなくなっていた。全身が見えない壁に押さえつけられているのだ。大声を出して叫んでも、別の部屋にいるはずの両親が来てくれない。
けれどもほどなくして少年が起きてこないことを不審に思った両親が少年の部屋にやってきたが、見えない壁に阻まれて少年に触れることはできなかった。
そこでようやく少年は、無敵バリアが自分の回りに張り巡らされてしまっているのだと気がついた。
無敵バリアはいつもなら時間で解除される。
解除されるはずだ。
少年は見えない壁によって隔絶された世界の中、呼吸だけができる状態で、無敵バリアが解除されるその時を待った。
いつまでも待ち続けた。
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