ショートショート72:短い鉛筆
僕の家は貧しくて、ろくに筆記用具も買ってもらえなかった。
だから僕は1本の鉛筆を握れなくなる限界まで使い込んだ。最後の方はもはや握るというよりもつまむと表現するほうが正しいくらいで、友人たちからは「それでどうしてまともに文字が書けるんだよ」と不思議がられたが、僕からしてみれば「書ける」のではなく「書くしかない」だけなのだった。
そんなある日のこと、クラスで席替えがあり、僕の隣は学年一のお嬢様になった。彼女はシャープペンシル使いだった。いつも優雅にノートにシャープペンシルを走らせ、丁寧な手付きで芯を交換するさまは惚れ惚れするくらいだった。
僕がいつものように彼女の手元を覗いていると、
「なあに?」
と彼女が聞いてきた。
僕は5センチほどの短い鉛筆をとっさに手に握りしめて「なんでもない」と顔を背けた。
すると彼女は僕の顔を横からじっくり見つめたあとで、こう聞いてきた。
「あなたってその鉛筆しか持ってないの?」
僕が机の上に置いていた予備のチビ鉛筆について言っているようだった。
彼女はどこか浮世離れしたところがあり、僕の家が貧しいことを知らないのだ。それどころか「貧しい」という概念すら知らない可能性もあった。
「ないからだよ、鉛筆が。この2本しか」
僕は手を開いて極々短い鉛筆を机の上に二本並べた。
彼女は「かわいい」と笑って、それから言った。
「鉛筆ならたくさんうちにあるけど、いる?」
「え?」
「私はもうシャーペンを使うからいらないの。欲しいならあげるけど」
「ほしい!」
僕は間髪入れずに答えた。恥ずかしいなどとは少しも思わなかった。鉛筆なんてものは何本あったって困らない。
「わかった。じゃあ明日持ってくるね」
彼女は翌日、高そうなお菓子の缶に鉛筆をいっぱい詰めて持ってきた。
「これだけ用意するの、とても苦労したの。鉛筆ってとっても硬いのね」
彼女はやれやれと言った様子でため息を吐き、それから笑った。手は鉛筆の持ち手を切り落とすような動きをしていた。
彼女がくれた缶の中には、つまむことしかできないほど短い鉛筆がたくさん転がっていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?