ショートショート39:桜の樹の下には21XX①
桜の木の下に死体が埋まっていないか調べようぜ。
放課後、帰り支度を整えた樹論儀(じゅろんぎ)の開口一番は、雅厨譚(がずたん)が予想していた言葉と一言一句違わなかった。本日最後の授業で取り扱
った古典文学に触発されたのだ。
「さ、とっとと帰るぞ」
樹論儀は雅厨譚の肩に手を回す。ウニのように尖った赤い髪が雅厨譚の頬に突き刺さった。
樹論儀の言葉を予想していたからといって、雅厨譚がそれに対する適切な断り文句まで返せるかというのはまた別の話だ。練習の成果が実戦で存分に活きないように、
雅厨譚が用意していた断り文句の数々は全て唇の内側で消滅してしまった。代わりに出てきたのは小さな溜息。気弱な彼に樹論儀の誘いを断る勇気はない。
「さ、桜って、うちの?」
雅厨譚の家の庭には樹齢100年ほどの立派な桜の大木が1本、庭の主のようにして堂々立っている。1週間前辺りからぽつぽつと淡いピンクの花びらが起き出し始め、昨日満開したばかりだった。
「当たり前だろ。他にどこに桜があるんだよ」
「ま、まあそれもそうだけど.....」
「おら。早く準備しやがれ」
樹論儀に背中を突かれ、雅厨譚は慌ててバッグに電子端末や弁当箱を詰めこんでいく。鼻先までずれてきた五角形の眼鏡を掛け直し、雅厨譚はおどおどと樹論儀に向き直った。
「よし。行くか」
言うが早く樹論儀は大股で教室を出て行く。雅厨譚は転げそうになりながら、まるで従者のように彼の背後をついていった。
樹論儀と雅厨譚は今年で15歳。家が近所で両親が仲良しで同い年の男の子同士でというきっかけが重なって、5歳の時に出会った。出会うべくして出会ってしまった。逃れられようもない運命の三本の矢である。
2人の関係はかれこれ10年近いが、共に性格は真反対であり、特に馬が合うという分けではなかった。ただパズルのピースのようなもので、強引な性格の樹論儀にとって気弱な雅厨譚の性格が非常に扱いやすかったというだけだ。だから2人の関係は友人関係というよりはむしろ主従関係の方が近いのである。
「そうそう。見てくれよ、このネックレス」
帰り道を雅厨譚の家へと歩きながら、樹論儀はシャツの襟元を指差した。胸の真ん中で、子どもが剥いたジャガイモのような石がチロチロと輝きながら揺れている。
「き、綺麗だね。うん。似合ってる」
幼馴染みの顔色を伺いながら雅厨譚は言葉を返す。褒める、以外の答えはなかった。
「うるせえ。んなことは当たり前だろーが。これすげーんだ。何だと思う。
この石」
「え、い、いや。わからない。あ、ダ、ダイヤモンド?」
「ばーか。んな安っぽい石な分けがねーだろうが。土星よ、土星」
「ど、せい?」
「そう。土星の衛星を1つ切り出して作ってんだぜ、これ。早々手に入らない超貴重なネックレスだ」
「す、すごい.....」
今度はお世辞ではなく心の底から感嘆の溜息を吐いた。
土星の衛星は、庶民にはとても手の届かない高価な石。一度メディアでは見かけたことがある。その時には画面にかじりついて0の数を数えたが、余りの多さに途中で混乱してしまった。
「で、でも、どこでそれを?」
「彼女がくれたんだよ。土星旅行の土産に。ほら、俺の彼女金持ちだからさ」
「い、いいなー」
「ま、お前も頑張れ雅厨譚。まずは彼女を見つけるところからだな。いつまでも童貞は恥ずかしいぞ」
「う......」
どうにも雅厨端は女性にまつわる話を振られると弱い。喉の奥に粘膜が張ってしまったみたいに言葉が出なくなる。
鼻先にズレた五角形の眼鏡を直しながら、雅厨譚は無理矢理話題を変えた。
「そ、そ、それにしても桜の木の下に死体なんてない、と思うんだよね......」
「は? んなもん掘り出してみねーとわかんねーだろ」
樹論儀がぎろりと雅厨譚を睨んだ。まるで虎のような迫力の目だった。
「だだだって、このご時世だよ? 車が空を飛んで、宇宙旅行や時間旅行が出来るこの時代で、桜の木の下に死体なんか......」
今は西暦21XX。昔のSF作品に登場する技術の大半が実現可能になった時代である。そんな高度な時代に、桜の木の下の死体はあまりに似つかわしくない。
「あ。そーいやお前タイムマシン買ってもらったって言ってたな。あとで貸せよ」
ごにょごにょと言葉を漏らす雅厨譚を遮って、樹論儀は彼の右腕をとった。雅厨譚の右腕には長方形のタッチスクリーンを搭載したウェアラブルデバイス巻かれている。先月発売されたばかりの第4世代タイムマシン。今日こうして身に付けては来たが、雅厨譚もまだ試したことがない。自分より先に樹論儀にタイムマシンを試させるのは気が退けたが、やはり例によって首を横には振れなかった。
「わ、わかった。いいよ」
「おう」
樹論儀は当然とばかりに胸を張った。
やがて2人は雅厨譚の家までやってきた。門を抜けて、家の裏庭へ。アルファイトのクリーンな庭の一角に丸くくり抜かれた土の地面。その真ん中で、大人が3人で抱えても抱えきれないくらいに立派な桜の木が、鮮やかな桜色を膨らませていた。
「おうおう。満開じゃねえか。こりゃすげー死体が埋まってるかもな」
樹論儀は屋根のように広がる桜の花を見上げて笑った。冗談めかした声だったが、雅厨端は思わずゾッとしてしまう。自分の家の庭で死体が見つかるなんておぞましい。
「穴掘るモンもってこいや」
「……ほ、ほんとに掘るの?」
「もってこいや」
有無を言わせぬ迫力の顔。雅厨譚は心臓をきゅっと絞られたような心地がして、慌てて道具を取りに行った。
玄関脇の道具棚をひっくり返して持ってきたスコップを樹論儀に差し出すと、
「ばーか。何で俺が掘るんだよ。お前が掘れ」
「え、えええ?」
「ここはお前の家の庭だ。他人の俺が勝手に掘ることは出来ない」
勝手に人の家の桜の木の下を掘ることを決めておきながらの言い草。けれどもやはり雅厨譚は「それはおかしい」などと言うことは出来ない。渋々スコップを受け取って、桜の木の根元に突き立てた。
「早く掘れ」
ざくざく、と。
勝手に人の家の縁側に座り込んだ樹論儀の声を聞きながら、雅厨端は古代の虜囚のように土を掘り返した。掘っても掘っても人の死体どころかネズミの死体1つ出てこない。すぐ脇では土の山がもりもりと大きくなっていく。しかし樹論儀は辞めていいと言わない。その内に雅厨譚は気がついた。別に樹論儀は桜の木の下に死体があると思っているわけではない。ただ雅厨譚に桜の木の下を掘らせたいだけなのだ。暇つぶしとして。
「まだかー」
退屈そうな樹論儀の棒読み。雅厨譚はスコップを、憎き樹論儀の頭に見立てた土へと突き立てる。ほんとに彼の頭に突き立ててやろうかと思いつつも、失敗したときの後が怖くて出来ない。何せ樹論儀は雅厨譚よりも頭一つ分背が高く、横幅に至っては2倍もある。返り討ちにあったら死体になって桜の木の下に埋められてしまうだろう。
終わりの見えない穴掘りにいい加減手が痺れて来た時、スコップの先が何か硬いものを捉えた。
「……?」
スコップを置き、穴の中にしゃがみ込んで、雅厨譚は恐る恐る土を手で払い
のけた。
そこには人の頭蓋骨が埋まっていた。
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