東大理系のコミュニティで趣味を聞かれた場合、「カフェ巡り」とは決して言ってはいけない
内定者懇親会の場で自己紹介をする機会があった。スライドを一枚作ってきて自分のことを紹介しなければいけない。こういうときは大体趣味を書く必要がある。ある男性の自己紹介で「普段の趣味は、漫画とアニメ(主にジャンプ)と野球観戦で、最近ハマってるのはシーシャとサウナです」というものがあった。自分でスライドを作成していてびっくりしなかったのだろうか。全国の20代の趣味を平均するとこうなるだろうけれど、本当に全てが平均な人間というのは逆に少ない。あまりにも情報量がゼロで彼がどんな人なのか全く分からない。唯一言えるのは、自己紹介をする際に自分のアイデンティティはなんだろうとか人に面白い人間だって思われたいから逆張りで変なことを書こうとかそういう逡巡を全くせずに、本当に普段やっている“趣味“っぽいものを書ける捻くれていない素直な人間だということだ。しかも自己紹介の写真はディズニーで撮ったものだったし。私は一周回ってその人のことが一番気になってしまった。
しかし、趣味を聞かれて「漫画アニメ(主にジャンプ)と野球観戦、最近はシーシャとサウナ(顔写真はディズニーにて撮影したもの)」と答えるので本当にいいのだろうか。私は、「趣味はなんですか?」と聞かれると、「女の子ってどういう男が好きなの?」と聞かれたときくらいなんと答えていいかわからなくなってしまう。私も普段NetflixやYoutube、ジャンプ+も見るし、ディズニー映画も好きだし、カフェも行くし、本も読むけれど、それを趣味として言おうとどうしても思えない。なぜなら、ほとんどの人間が行うことを“趣味“にしても、自分がどういう人間かを表す情報量を増やすことには繋がらないからだ。
こんなことを普段考えているので彼の自己紹介にびっくりしてしまったけれど、たまたまそのとき初対面の彼と30分ほど2人きりになるタイミングがあって強制的に何か話さなくてはいけない雰囲気になった。結果的に、彼はとても話しやすく、初対面とは思えないくらい間が持つ人間だった。2人で遊ぼうとなるほど仲良くなろうとは思わないけれど、2人きりになっても全く気まずくなることなく、大変ラクだった。
帰り道、彼の自己紹介はとても正しかったのではないかと思いはじめていた。私は自己紹介で自分の個性(他者との差異)を示すことばかり考えていたが、彼はおそらくみんなと共有できること(他者と同質の部分)を示すことで、みんなと満遍なく仲良くなろうとしていたのだ(彼自身がそんなことを考えて自己紹介スライドを作成していはいないと思うけれど無意識でそうしているのではないか)。
趣味を通じて、他者との差異を示すか同質性を示すか、これは場面で最適解が変わると思うが、みんなと満遍なく仲良くなれればいい仕事場での自己紹介としては彼が列挙した趣味は正解すぎるという結論に私の中で至った。
確かに、マッチングアプリでも、共通の趣味を通じてマッチングするという方針のものが一番人気だったりする事実を踏まえても、たくさんの人間と共通する趣味を示すのは合理的だ。一方で逆に考えれば、その場にいる人間と特に仲良くなりたくなければ、同質性を持つ趣味を挙げるのは悪手だ。
東大理系の研究室や学科は女性が大変少ない。私も、研究科のコースでも研究室でも女性1人なので、できるだけ恋愛対象の人間だと思われないように振る舞っている。そのようなモテたくないコミュニティでは、絶対に誘われない趣味を言うようにする。間違っても、カフェ巡りとか映画鑑賞、美術館巡りとかは言ってはいけない。私はまだモテない方だけど、モテる友達はそれらを趣味として研究室で紹介したら、同期の男性全員から「今度美術館行こう(カフェ行こう)」と誘われていたので大変そうだった。しかもその子は私の研究室に遊びにきたときも、一つ上の男の先輩に趣味を聞かれてしまい、素直に答えたら、案の定「今度一緒に行こうよ」と秒で誘われ、断れない性格の彼女はオーケーしてしまった。そして、さすがに2人は厳しいということで私も巻き込まれて3人で行く羽目になった(私は美術館が苦手と主張していたにも関わらず)。
美術館にて、私は、そのモテる友達に「誘われる趣味を研究室で言わないほうがいいと思う」と言ってみたけれど「そんな理由で趣味に嘘をつきたくない……」と言われ、それを聞いていた一つ上の男の先輩にも「考えすぎじゃない?」と言われ、完全に、私がモテない女の僻みムーブをしているみたいな雰囲気になってしまい少し辛かった。
ちなみに私は趣味を聞かれたら、「NHK鑑賞と刺繍」と答える。本当の趣味だし、これだと絶対に誘われない。万が一「じゃあ一緒にNHK鑑賞しようよ」と誘われたら一周回って好きになってしまいそうなくらいだ。ガードの固い女というと、なかなかセックスさせてくれない女みたいな意味で用いられることが多いが、本当にガードが固い女というのは、私みたいな「好きな人とはすぐセックスするけれど趣味はNHK鑑賞と刺繍と言う女」のことだと自負している。