涙の西武線
物事が終わる時には、気持ちはすでに過去形だということを知っている。
逢瀬と秘め事を済ませたあと、もう少し一緒に居たいという浅ましさで、遠回りの線にふたりで乗った。
ローカルな私鉄はいつでも空いている。
連休前の夜だというのに、今日も数えるほどでもない乗客数だ。
並んで座り、気怠さが残る声でぽつぽつ話をして、あと一駅で乗り換えというときに、「ああ、そうだ」と、まるで今思い出したようにあの人は続けた。
「明日から火曜日まで電話できないから」
ぴん。と耳の奥で勘が働く音が鳴る。
「ご旅行ですか」
「え、なに?」
「旅行」
「あ、うん、」
「ご家族で」
「めんどくさいんだけど今さら」
よし。別れよう。
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
うまい具合に所沢に着いたから、「メールするよ」の声に被せて「それじゃまた」とホームに降りた。
ドアが閉まる音を背中で聞いて、向かいの接続電車に乗り込んだ。
急行は先に走り始め、あの人がひとり座っている車両が置いていかれるのを見ていた。
着いたらドーナツを買おう。化粧を落としてドーナツをかじりながら、明日出す書類をチェックして企画書を少し直して、シャワーを浴びて、3時間くらいは眠れるだろう。
どんな茶番だ。
ほとりと一粒涙を落とし、でも、それだけだった。
サヨナラすらも他人事になっていた。
駅に着いてみたら、ドーナツ屋は本日の営業時間は終了して明日のお越しを待っていて、バスは最終時間を20分も過ぎていた。
遠回りなんて、しなけりゃよかった。
涙のもうひとつくらい落としたかったけど、さっき所沢で終わった1年半の気持ちからは、もうなんにも出てきやしない。