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ショートショート | 夜をながれて

その国はずっと夜だった。

人々は、夜の星とランプのあかりだけを頼りに生活した。

しかし、ランプはずっと灯っているとは限らない。

ランプが切れると、人々はカーテンを開けて空を見上げた。

外に出て、少し散歩をする者もいたし、広場で追いかけっこする子どももいた。

老人は古いバイオリンで寂しい音色を響かせて、恋人たちは手を繋ぎながらお互いの温もりを感じとった。

リアムは、町を見渡せる丘へ出ると、いっぺんに落ちてきそうな夜の星々をしばらく眺めた。

星のあかりに照らされた薄い雲が、いつものようになつかしい形へと変貌していく。

今日も、彼女の横顔が空に現れた。

少し垂れ下がった眉と、切り長の目が特徴だ。

雲が流れていく方向へ、彼女の髪の毛も揺らいでいく。

首元にあるのはスカーフだろう。

あのスカーフはたしか、鮮やかなコバルトブルーのはずだった。

リアムにはなぜかそれがわかるのだ。

彼女には会ったこともないはずなのに。

8歳か9歳のころ。

あのときも、今日と同じようにランプのあかりが消えた。

母さんは早速カーテンを開けて編み物を始めたが、退屈で仕方がなかったぼくは外へ出かけることにした。

だれも歩いていない道を歩き、森を抜けた先の丘へ出た。

ここは、以前シャルムが教えてくれた場所だ。

笛が好きだったシャルム。

笛の練習をしたいからと言っていたが、本当は酒飲みの父親から逃げるためだったのだろう。

なんとなくそれを知っていたが、シャルムに尋ねることは一度もなかった。

柔らかな草の上にぼくたちは横になり、ときおり吹いてくる風に身を任せた。

その女性が初めて空に現れたときも、ぼくたちはそうやってそこへ寝そべっていたのだ。

それは、遠くから勢いよく風が吹き抜けていった後だった。

雲が女性の横顔をだんだんと浮かび上がらせた。

見覚えのある顔だ。

どこかで会ったことがある。

なつかしい気持ちが込み上げてきたが、思い出せそうで思い出せないもどかしさがぼくをしばらく苦しめた。

いつのまにかぼくは泣いていたらしい。

その雲のかたちが消えてしまったとき、心配そうに見ていたシャルムがあとでぼくにこう言ったのだ。

「大丈夫。だれにも言わないよ。」と。

約束通り、シャルムはそれをだれにも言わなかった。

シャルムが泣いているところを、ぼくも何度か見たことがある。

背中が少し震えていたし、振り向いた後の鼻は赤かった。

そんなとき、ぼくは気がつかないふりをして「やあ」と言ってシャルムに近づいた。

シャルムは少し動揺したが、何事もなかったかのように「やあ」とぼくに返事をした。

シャルムのお葬式に集まったのは、ぼくを含めて数名だけだ。

牧師がぼそぼそと祈りの言葉を捧げたあと、ぼくはシャルムの前でしばらくひざまづき、「また会おう」と言ってお別れした。

シャルムは死ぬ直前まで笛を吹いていたらしい。

片方の手には、シャルムが子どものときから持っていたあの笛が握られていた。

「君はだれなんだろうね。

ずっと思い出せそうで思い出せないんだ。

ぼくと君は絶対にどこかで会っているだろう。

君がしているそのスカーフの色はわかるのに、君のことがわからないなんて笑っちゃうね。

ぼくは君のことが好きだったんだ。

そうに違いない。

君に会いたくてこうして丘へやってくるんだから。

ぼくたちはまた会えるだろうか。

きっと会えるんだよね。

それまで、ぼくはこうして君に会いに来るよ。」

リアムは、今日も丘の上で空を見上げた。

星に照らされた薄い雲が、風に揺られながら流れていく。

合間からは落ちてきそうな星々が輝いた。

「いいスカーフだね。君に似合うよ。」

心地よい風が通り過ぎたときだった。

耳の奥の方で、だれかの声がしたような、そんな気がした。



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