短編小説 | 父が月をとった日
*このお話は、フィリピン人の友人Viliamorさんが話してくれた子供時代の思い出に基づいています。
ある日、ぼくは父と一緒に田舎の夜道を歩いていた。
そしたら、月が大きく出ていたんだ。
とっても大きくて、それはそれはきれいな月だった。
ぼくはそこで立ち止まって、呆然と月を眺めていた。
そうして、父にこう言ったんだ。
「ねえ、パパ。あの月を取ってきて」って。
父は言った。
「うん、わかった。」と。
家に帰ると、さっそく僕は窓辺に椅子を持っていった。
そして、月がきれいに見えるその場所で、父親がどうやって月をとるのかを見ていようと思ったんだ。
パパは梯子を使うのかな。
それとも、棒を使って取るのかもしれない。
僕はあれこれ考えた。
でも、そうしているうちにだんだんと眠くなってしまって、僕は椅子に座りながら少しうとうとしてしまったんだ。
気づいた時にはもう月がなかった。
「しまった。パパが月を取るところを見逃してしまった。」
僕はそう思うと、急いで父のところへ駆けつけた。
「パパ、月はどこ!?どうやって取ったの!?」
「まあ、そんな慌てるな。今から見せてやるからな。自分の部屋で待ってなさい。」
そう言われたから、ぼくは自分の部屋で待っていたんだ。
心臓がバクバクしていた。
パパが本当に月を取ったんだ。
うさぎが逃げないように気をつけないと。
そんな風に考えていたら、ドアをノックする音が聞こえた。
「いいよ!」
とぼくが言うと、父はゆっくりとドアを開けながら部屋に入ってきた。
両手は後ろに回していたよ。
「いいかい。静かにするんだよ。うさぎを驚かせたらいけないからね。」
「うん、わかった。」
ぼくは本当に小さな声でそう言ったんだ。
うさぎを怖がらせたらいけないからね。
すると、父親は後ろに回していた腕をゆっくり前へと持ってきたんだ。
「ほら、これだよ。」
そう言って。
僕は最初はよくわからなかった。
だって、父の手には何もなかったんだから。
「何もないよ?」
と僕が言うと、
「ここにあるじゃないか。」
と父が言うんだ。
「ぼくには何も見えない」
と言うと、
「月はね、空から下ろされると透明になってしまうんだよ。」
と言った。
「透明で見えないけど、今たしかにパパの手の上にあるんだ。
じゃあ、お前の手の上に置いてみようか。」
と言った。
「ぼくの手のひらに?」
「ああ、そうだ。お前の手のひらにだ。いいかい、両手を広げて上に向けるんだ。そう、そうだよ。そしたらそのまま動かさないように。月のうさぎがびっくりしてしまうからね。いいかい?じゃあ、今からお前の手のひらに移すからな。それっ。」
そう言って、父はゆっくりとその月をぼくの手のひらに移してくれた。
「パパ、今ぼくの手のひらに月があるの?」
と、ぼくは小さな声でそう父に聞いた。
そしたら父はゆっくりと首を縦に動かした。
「最初は重さがわからないかもしれないけど、だんだんと月の重さが伝わってくるはずだ。なんとなく、手のひらがじんじんしてこないかい?」
言われてみると、たしかに僕の手のひらはだんだんじんじんしてきた。
月の重さが伝わってきたんだ。
「パパ、すごいね。本当に月があるよ!」
ぼくは依然としてとっても小さな声で、でも興奮しながら言った。
「月のうさぎも安心しているようだね。どうだい、そろそろ空に返してあげようか?」
そう言うと、父と僕は、反対側の部屋へ行った。
そうして、父は「目を瞑ってごらん」と言ったんだ。
ぼくはゆっくり目を閉じた。胸はまだドキドキしていたよ。
そしたら父は、
「今日はありがとう。空へお帰り。」と言ってから、
「よし、月が空に帰っていったよ。目を開けてごらん。」と言った。
僕はゆっくり目を開けて、信じられないという気持ちで窓の外を見てみた。
そしたらね、さっきまではなかったはずの月が空に大きく浮いていたんだ。
「パパ!もうあそこにいるよ!!」
ぼくは興奮を隠しきれずにそう叫んだ。
「パパ!ウサギが見えるよ!!」
ぼくの胸はまだドキドキしていた。
あの月が、さっきまでは僕の手のひらにあったんだ。
なんてワクワクすることだろう!!
あの日、ぼくはなかなか寝付くことができなかった。
月を手に持ったときのあの感触が忘れられなかったんだよ。
*
「ねぇ、パパ。まみも月を持ってみたい!」
パパの話を目を大きくしながら聞いていたまみちゃんは、パパに対してそう言いました。
「よし、じゃあ今から月を持ってくるからね。まみはこの部屋で待ってるんだよ。」
そして、今ではお父さんになった貴志は娘のまみの部屋を出ました。
しばらく経った後、もう一度まみの部屋の前に来ると、ゆっくりトントンとドアをノックしました。
「いいよ。」
というまみの声が聞こえます。
月のうさぎを怖がらせないように、まみの声はとても小さい声でした。
「まみ、月を持ってきたよ。」
貴志はヒソヒソ声でそう言っては、ゆっくりと後ろに回していた手をまみの前に持ってきました。
「これが月だよ。さあまみ、手のひらを広げてごらん。」
目をキラキラさせながら、まみは小さな手のひらをゆっくり丁寧に広げてみました。
そうして、貴志が手をまみの手に近づけると、まみの目は真剣な目に変わっていきました。
「月はもうまみの手のひらにあるよ。だんだんその重さがわかるはずだ。」
「パパ、もう手のひらが重くなってきたよ。」
まみは小声でそう貴志に言いました。
「うさぎもここにいるの?」
「うん、もちろんだよ。」
と、貴志はうさぎを怖がらせないように、小さい声でそう言いました。
*
あの日、父がそうしたように、貴志はまみを月が見える別の部屋へと連れて行き、まみに目を瞑らせました。
「もう開けてもいいよ。」
そう貴志が言った後、まみはゆっくり目を開けると、急いで窓際へと近づきました。
そうして、大興奮した様子で
「パパ、もうあそこにあるよ!!」と言いました。
「パパ見て!うさぎがいるよ!!!」と。
*
まみは、大人になった今でも、月を見上げてはあの日のことを思い出すのでした。
父がしてくれたワクワクするようなあの日の出来事を。
「この子がもう少し大きくなったら、同じことをしてあげよう。」
まみの横ですやすや眠る健太を見ながら、まみはそんな風に思うのでした。
窓の外には黄色い月が浮かんでいます。
まみは、うっとりとした気持ちでその月を眺めました。
そうして、「ありがとう」と感謝してから、健太と一緒に眠るのでした。
まみは夢を見ているのです。
ふわふわしたうさぎの背中ですやすやと眠るいい夢を......。
おやすみなさい。
みんな、今日はいい夢を見ようね。
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