「珍しきは花」となれますよう
桃山時代、太閤秀吉のもとに千利休の草庵、茶室の庭一面に朝顔が美しく咲き誇っているという噂が届く。秀吉は早急利休のもとを訪れたいと思い、朝の茶会におもむく。しかしいざ秀吉が利休の家に着くと、目当ての朝顔は引き抜かれて一輪もない。不機嫌な秀吉が茶室に入ると鮮やかに一輪朝顔が床に活けてあった。秀吉はその美しさに感嘆した。(茶話指月集)に書かれている。期待に応え実現するのではなく、ひとつ上の次元に上げた上でその期待に答えたと言える。ただ美しいのではなく、こころから感動に向かわせる為に