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米国が仕掛けた「焚書=歴史書の没収」は日本消滅の時限爆弾だった

オレンジ計画(日本殲滅戦略1897-1945年8回改定)を実行する為、アメリカが、我が国に嗾(けしか)けた『真珠湾 “奇襲” 』から約83年。当時を時系列に振り返ってみます。

【1】アメリカ、真珠湾奇襲を仕掛ける
フランク・ノックス海軍大臣がヘンリー・スチムソン陸軍大臣に認めた手紙より


真珠湾攻撃より未だ一年ほど前のお話。
1941年1月24日、アメリカの海軍が陸軍に命じた内容
  ↓
「日米戦は必至だ。
その時、日本は必ず真珠湾を攻撃する。
そしてそれは、“奇襲”となる。
それは夜明けである。従って警戒措置をとるように」
~~~~~~~~~
 ↑ 即ち、この手紙から察するに
アメリカ軍は既に一年前から、如何にして日本側から最初の一発を攻撃させるかの計画は出来ていた

※『真珠湾奇襲』の動機(立案)はアメリカ側にあった。

この頃既にアメリカは、日本を挑発に挑発を重ねていた。
それは外交交渉に留まらず、中国軍の背後で、中国大陸から中国軍の軍服を着て(中国人を装い)米軍の現役の米兵が攻撃を重ねていた。(米国は「退役兵の有志だ」と偽っている)
この頃、米国は日本に対して全面的禁輸措置をとっており、
これはいわゆる最後通牒とでもいうべきものでした。
米の無線監視局の局長ジョセフ・ロシュフォートは以下のように述べています。
「われわれは彼らの資金も燃料も貿易も断ち、日本をどんどん締め上げている。
彼らには、この苦境から抜け出すには、もう戦争しか道は残されていないのがわかるだろう」

【2】東條英機内閣総理大臣施政方針演説 第77回帝国議会 

アメリカが上記のような計画を立てた十ヶ月も経過した
1941年11月17日、我が国は未だ、どこ迄も、
戦争しない道を模索し、全身全霊を注いでいました。

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(NHK HPより 音声データ ~ニュース解説)

【3】『ロバーツ委員会報告書』

1941年11月27日、 真珠湾攻撃の11日前
アメリカの陸軍諜報部長はハワイ陸軍司令指揮下の諜報官に宛て同じくメッセージを送ります。
「日米交渉は事実上決裂した。
続いて日米は戦争行為に入るかも知れない。
何等かの破壊的行為が予想される故
この旨陸軍司令官及び参謀長に上申警告すべきことを通知す。
同日、海軍作戦部長は太平洋艦隊司令長官に宛てメッセージを送り
このメッセージは戦争の警告と考えられるべき事。
太平洋の安定を得んとする日米交渉は終わりを告げた事。
(この時点で日本政府中枢はまだ微かな可能性に希望を捨てず全身全霊で臨んでいました)
数日中に日本は戦争行動に入るだろう事。
日本陸軍の臨戦態勢と、日本海軍部隊の(…)等により
日本軍のフィリピン、マレー半島、ボルネオ等に対する水陸両面の侵攻作戦を(…)
(…略)かくして両司令長官はこの訓令に基づき、右メッセージの要旨を
ハワイ軍司令官に通達した。
本委員会(ロバーツ委員会)に於ける査問会の席上、
ハワイ陸軍司令官ショート中将は上記メッセージについて
「見せられたような気もするが記憶はない」と陳述した。(←とぼけて逃げた)
----- ----- (抜粋ココ迄) ----- -----
西尾幹二先生
「この頃アメリカは『奇襲』という言葉を頻りに使っています。
これは事実を表現したのではなく、政治的表現です。
この頃から戦後ずっと執拗に奇襲だと言い続けており
『工作用語』です」。

アメリカ国民の怒りを日本に爆発させ、参戦の世論を沸き立たせる為
そしてアメリカが仕掛けた戦争を、日本に責任転嫁する為の印象操作です。
「奇襲だ!日本は悪辣だ!だから、アメリカ国民は参戦に賛成せよ」と。
しかし軍事的には、戦争は既に始まっていました。」
真珠湾攻撃の遥か前から行っていた日中戦争とは、
アメリカが宣戦布告無しに背後から仕掛けた日米戦争でした。

アメリカが支那の背後で国際法違反の卑劣な攻撃をしたが
対する我が国は…

戦前の日本は、焚書図書を見る限り、アメリカの悪魔性に明確に気づいていました、戦後は重要な記録は焚書され、目隠しされ続けています。
林千勝によりますと、当時、我が国は真珠湾攻撃など全く考えておらず、あくまでも『思想戦』だったと言われます。

当時の『対米英蘭戦争指導要綱』
武力戦における攻略範囲はビルマ、マライ、東インド、フィリピン、グァム、ニューギニア、ビスマルク諸島と限定。
(アリューシャン、ミッドウェー、F・S等は考えていない)
■思想戦
米国の世論を刺激し、その海軍主力を「極東」へ誘致し
また米国の極東政策の反省を促し、
且つ、日米戦争が無意義なる世論を熟成する。

米国に対しては、継戦意志を挫折せしめて和平に入らしめる。フィリピンのケソン政権(親米)をそのまま存続せしめ、米国の意向によってはフィリピンをそのまま米国に手渡すよう考慮して戦争終末促進に資する。


秋丸機関の英米班

GHQ焚書図書について 

●小堀桂一郎 東京大学名誉教授
「全体としてまとめて考へてみる時、これだけの膨大な分量の「前世代の思索と発言の記憶」を奪ひ取られた後の我が思想界の受けた傷手です。
故・江藤淳氏の表現を借りて言へば
「忘れたことと忘れさせられたこと」
が我々に負はせてしまった歴史認識上の精神の空白はやはり並大抵のものではない。」
(「GHQに没収された本〈総目録〉」6頁)
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●西尾幹二氏 著書「GHQ焚書図書開封 米占領軍に消された戦前の日本」について
アメリカが仕掛けた「焚書=歴史書の没収」は
日本消滅の時限爆弾だった。

7000冊以上を抹消させられたことで日本現代史に生じた巨大な空白を問う、著者渾身の歴史検証シリーズ、待望の連続刊行第1弾。
秘密裏に行なわれた帝国図書館館長室と首相官邸での「没収リスト」作成の現場から、アメリカに移送された「焚書」文書の行方、歴史から消された
一兵士の従軍記が克明に記録していた侵略戦争の本来の姿など瞠目の真事実を白日にする。」

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焚書図書~GHQが、米国にとり不都合だとして焚書した図書より
『眞珠灣』ブレーク・クラーク著 1943/5/15

国立国会図書館 https://dl.ndl.go.jp/pid/1062793/1/1

真珠湾攻撃の1年半後の戦中に、既に翻訳本が日本で存在しました。
刊行:1943年4月(真珠湾攻撃から1年5か月後)

歴史と共に、主権を取り戻しましょう。

出アメリカ!!