伊藤貫著「自滅するアメリカ帝国 日本よ、独立せよ」より
(57頁~59頁)
■1990年「日本封じ込め」
1989年末にベルリンの壁が崩れて東西陣営の対立が終わると、米政府は即座に、「世界を一極構造にして、アメリカだけが世界を支配する。他の諸国が独立したリーダーシップを発揮したり、独自の勢力圏を作ろうとすることを許さない」というグランド・ストラテジーを作成した。ブッシュ(父)政権のホワイトハウス国家安全保障会議が、「冷戦後の日本を、国際政治におけるアメリカの潜在的な敵性国と定義し、今後、日本に対して封じ込め政策を実施する」という反日的な同盟政策を決定したのも、1990年のことであった。
(筆者は当時、「ブッシュ政権は日本を潜在的な敵性国と定義して、『対日封じ込め戦略』を採用した」という情報を、国務省と国防総省のアジア政策担当官、連邦議会の外交政策スタッフから聞いていた。ペンタゴン付属の教育機関であるナショナル・ウォー・カレッジ〔国立戦争大学〕のポール・ゴドウィン副学長も、「アメリカ政府は、日本を封じ込める政策を採用している」と筆者に教えてくれた。)
ブッシュ(父)政権が、レーガン政権時代に国防総省からの強引な要求によって決定された自衛隊の次世代戦闘機の日米共同開発合意を一方的に破棄・改定したり、日本に対して国際通商法(GATTルール)違反のスーパー301条項を適用して、米製品を強制的に購入させる「強制貿易」政策を押し付けてきたりしたのも、「アメリカが支配する一極構造の世界を作るためには、“潜在的な敵性国”である日本を封じ込めておく必要かある」という戦略観に基づいたものであった。
当時のアメリカ外交に関して優秀な国際政治学者(リアリスト派)であるケネス・ウォルツ教授(カリフォルニア大学バークレー校とコロンビア大学)は、「ソ連が没落してアメリカに対抗できる国が世界に存在しなくなったため、米政府は傲慢で自己中心的な外交政策を実行するようになった……カントやニーバーが指摘したように、国内政治であれ国際政治であれ、一旦、絶対的な権力(覇権)を握ると、どこの国も不正で腐敗した統治行為を行うようになる。アメリカが一極構造を作って世界中の国を支配しようとすれば、そこに権力の濫用と権力の腐敗現象が発生するのは当然のことだ」(Realism and International Politics)と述べている。
公式の席では日本に対して、「日米同盟は、価値観を共有する世界で最も重要な二国間同盟だ」とリップ・サービスしておきながら、実際には日本を“潜在的な敵性国”とみなして強制的な貿易政策を押し付けてきた1990年代のアメリカ ―― ブッシュ(父)政権とクリントン政権 ―― のやり方は、ウォルツが指摘したように「権力の濫用と腐敗」を体現したものであった。
■リークされた一極化戦略(59頁ー)
アメリカの「世界一極化」グランド・ストラテジーがホワイトハウスと国防総省の内部で真剣に討議されたのは、1990年と91年のことであった。この「世界一極化」グランド・ストラテジーを構想する際、米政府は、アメリカの重要な同盟諸国と何の協議も行わなかった。この新しい戦略案は同盟国のアメリカに対する信頼感を裏切る内容となっていたため、米政府は同盟諸国に、一極覇権戦略の内容を知られたくなかったのである。「世界一極化」戦略の内容が最も具体的に描写されたのは、1992年2月18日に作成された「1994~99年のための国防プラン・ガイダンス」(DPG:Defense Planning Guidance for the Fiscal Years 1994~1999)というペンタゴンの機密文書においてであった。チェイニー国防長官(当時)とウォルフォウィッツ国防次官(同)は、この機密文書の戦略構想に承認を与えていた。DPGの内容を知ることを許されていたのは、統合参謀会議のメンバーと陸海空海兵隊・四軍の最高幹部だけであった。
ところがこのDPGが作成された三週間後、何者かによってこの機密文書の内容がニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙にリークされてしまった。この文書をリークした人物は、「この戦略案は非常に重要なものである。したがってアメリカ国民はその内容を知るべきである」と判断して、リークしたという。1992年2月のDPGの中で最も重要なものは、以下の7項目であった。
①ソ連崩壊後の国際社会において、アメリカに対抗できる能力を持つ大国が出現することを許さない。西欧、東欧、中近東、旧ソ連圏、東アジア、南西アジアの諸地域において、アメリカ以外の国がこれらの地域の覇権を握る事態を阻止する。
②アメリカだけがグローバル・パワーとしての地位を維持し、優越した軍事力を独占する。
アメリカだけが新しい国際秩序を形成し、維持する。そして、この新しい国際秩序のもとで、他の諸国がそれぞれの“正当な利益”を追求することを許容する。どのような利益が他の諸国にとって“正当な利益”であるか、ということを定義する権限を持つのは、アメリカのみである。
③他の先進産業諸国がアメリカに挑戦したり、地域的なリーダーシップを執ろうとしたりする事態を防ぐため、アメリカは他の諸国の利益に対して“必要な配慮”をする。アメリカが、国際秩序にとって“害”とみなされる事態を修正する責任を引き受ける。何が国際秩序にとって“害”とみなされる事態であるか、ということを決めるのはアメリカ政府のみであり、“そのような事態を、いつ選択的に修正するか”ということを決めるのも、アメリカ政府のみである。
④アメリカに対抗しようとする潜在的な競争国が、グローバルな役割、もしくは地域的な役割を果たすことを阻止するための(軍事的・経済的・外交的な)メカニズムを構築し、維持していく。
(略)
⑦アメリカのアジア同盟国 ―― 特に日本 ―― がより大きな地域的役割を担うことは、潜在的にこの地域を不安定化させる。したがってアメリカは、太平洋沿岸地域において優越した軍事力を維持する。アメリカは、この地域に覇権国が出現することを許さない。
― 以上が、DPGの内容の要点である。
この機密文書の中でアメリカの潜在的な競争国(もしくは敵性国)として描かれていたのは、ロシア、中国、日本、ドイツ、の四国であった。前年に軍事帝国が崩壊したばかりのロシアと二年半前に大安門虐殺事件を起こした中国が、アメリカの「潜在的な競争国・敵性国」と定義されていたことは納得できるが、すでにほぼ半世紀聞も「アメリカの忠実な同盟国」としての役割を果たしていた日本とドイツが、米政府の機密文書において冷戦後のアメリカの潜在的な敵性国と描写されていたことは、「外交的なショック」(ワシントン・ポスト紙の表現)であった。
当時、連邦上院外交委員会の議長を務めていたジョー・バイテン議員(オバマ政権の副大統領)は、「DPGの内容は、我々にとって“最も親密な同盟国”ということになっている日本とドイツの横っ面を張り倒すようなものだ。米政府は、日本とドイツが国際政治においてより大きな役割を果たすことを阻止するため、アメリカが巨大な軍事力を維持する必要があるという。日本とドイツをこのように侮辱し、敵対視することが、本当にアメリカ外交の利益となるのだろうか」とコメントしていた。
■ジョセフ・ナイ「ソフトパワー」の真実(63頁ー)
(略)
ナイは当時政府内の外交政策に関する会議で、
「日本を今後も自主防衛能力を持てない状態に留めておくために、アメリカは日米同盟を維持する必要がある。
日本がアメリカに依存し続ける仕組みを作れば、我々はそのことを利用して
日本を脅しつけてアメリカにとって有利な軍事的・経済的要求を呑ませることができる」
という対日政策を提唱していた(63-64頁)。
■QDRの歴史的「告白」(218頁ー)
(略)
そして自主防衛能力を持たない日本は、「アメリカに見捨てられて ―― もしくは裏切られて ―― も、ひたすら泣き寝入りするしかない」という結果になる。「自分の国は自分で守る」という独立国としての最も重要な義務から逃げ続けてきた日本にとって、これは当然の運命である。
「同盟国に自国の安全保障を任せようとする依存主義の戦略は、根本的に間違いである。すべての独立国にとって最終的に頼りになるのは、自国の国防力と自国民の士気だけである」というのが、国際政治学の主流派であるリアリスト学派の定説である。著名なリアリスト派の学者、スパイクマン(イェール大)、ジャービス(コロンビア大)、ウォルツ、ミアシャイマー等は、「同盟国の約束など、あてにならない。軍事大国が同盟国との条約や国際法を無視しても、処罰されない」と明言してきた。
出アメリカ!