セーラー服は海を想う
海のある町に生まれることができたなら、と何度思ったことだろう。
果てしなく深く青い海と対峙して、自分の心の奥底から流れ出してくる気持ちを叫ぶことができたなら。
幸せが私から遠ざかる時には海も私の側には居なかった。
どれだけ海を切望しても、周りを見渡せば四方を山に囲まれた小さな田舎町がそこにはあった。
まだ中学生だった頃、友達の一言一言に過敏になって嫉妬と理不尽な嫌悪をぶつけられ心を痛めてしまっていたあの頃。
自分がどんどん孤独になってどん底まで堕ちていく感覚を未だに鮮明に覚えている。
心が日に日に冷たくなって感情というものが無くなっていくのがわかった。
セーラー服に袖を通すことが日を増すごとに億劫になった。ちっぽけな世界の象徴だった真っ黒のセーラー服。赤いリボンを結べば心も無機質になった。
あの頃、海へ駆け出したい衝動に駆られたことが幾度となくあった。
海に行って何が変わるわけではないことはわかっていた。ただ、海へ行けば、この独りぼっちの哀しさがあの深い深い青へ溶けていくような気がした。
私は目を閉じて、海を想う。
自転車を漕ぐ足に力を込めて、冷たい空気が喉を通って火照ったへ染み渡っていく。私は夢中でペダルを踏んで、波の音と太陽が沈んでいくあの光だけを頼りに進む。憂いも孤独も悲しみも、風と共に流れる。私の後ろ髪を引く弱さも引き離して、私は孤独へと駆け出して行く。
独りぼっちも怖くないよ、とあの時の私はそう思っていたかった。だけどそんなことを信じる強さは私にはなかった。漕いで、漕いで、漕いで、潮風の匂いがどんどん私を包んでいく。柔らかな砂が広がる浜辺が目の前に広がる。私は自転車から飛び降りる。そして走る。くるぶしの隠れた白い靴下を脱ぎ捨てて、膝丈のプリーツスカートが風に舞う。通学カバンも投げ捨てて、セーラー服のリボンが飛んでいく。悲しいくらいに美しく、海がキラキラ輝いている。足を波へ踏み入れる。水が跳ねる音とともに、足に冷えたぬくもりを感じる。スカートの裾が濡れることもお構いなしに、私は海の欠片になる。どこまでも続く水平線を見つめながら、ちっぽけな自分の心を見つめる。涙が流れる。睫毛を濡らし、頬を伝い、唇まで流れ落ちる。海みたいだ、と呟いて涙を拭う。海も涙も潮の味がするのだから、私たちの悲しみもきっと同じだ。叫ぶ。叫ぶ。声にならない叫びを。溢れだす涙とともに、心を叫ぶ。独りぼっちでもいい。私が私で居られたらそれでいい。そんな風に強い人でありたかった。だけれど私は弱くって、波に逆らって生きられるほどに逞しくもなければ、波に身を任せて進んでいけるほど器用でもなかった。言葉にならない叫びが、海の底へ沈んでいく。青に混じって光を浴びて溶けていく。海と居れば、私は独りぼっちじゃない。
そんな風に、何度も何度も遠い場所にある海を想った。
自分の足では到底辿り着くことのできないあの青を求めて、また私はセーラー服の赤いリボンを結んだ。
海のある町に生まれることができたなら、と何度思ったことだろう。
セーラー服に包まれた弱くて脆い心をさらけ出せる場所があったなら。
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