43.再び精神科へ

実家はもう私の知る実家ではありませんでした。

結婚して家を出ていた兄の家族が、私が実家に帰る少し前に実家に入っていました。

なぜあんなに同居を嫌がっていた兄嫁が私の帰省の話を聞きつけたとたん、私より先に実家入りしたのかが不思議でしたが、帰ってみると分かりました。

年の離れた兄が結婚したのは、私が高校3年の年でした。
兄たちは家をでて暮らしはじめ、間もなく子どもを立て続けに2人授かりました。

私は高校を出ると進学で県外に行き、進学先を卒業するとさらに実家から離れた東京に出たので、私自身も戻るつもりはありませんでしたし、周囲の人間も、もう戻ってこないと思っていたようでした。

兄嫁は専業主婦でした。
両親も兄も仕事をしており、兄の子どもたちは学校へ行っており日中は兄嫁と私の二人で家にいる日が多くありました。

「ねぇ、なんで帰ってきたのぉ?そのまま東京にいたら良かったのにぃ~」
兄嫁には事あるごとにそう言われていました。それでも兄嫁は酒癖も悪く、気に入らないことがあると面倒なことを起こすと聞いていたので、兄や両親の為に我慢していました。
でもある日ブチっと切れて言い返しました。

「自分の家に帰ってきて何が悪いの?それとも何?私が帰ってきたら何か不都合でも?」

いつもおとなしく言われっぱなしの私が言い返したのにひるんだのか、兄嫁はそれ以上は言わずどこかへ行きました。

その日の夜は、朝早い両親は既に就寝し、兄の子ども達も寝てしまい、兄は残業で遅くなっていました。

22時頃だったと思います。
乱暴にドアをノックされ、出てみると酒臭い兄嫁が立っていました。

「ちょっといい?」
そうキッチンの方角を指差すので黙ってついて行くと、兄嫁はウィスキーの瓶や缶ビールが並ぶテーブルの前に腰かけたので、私はその正面に腰かけました。

兄嫁はタバコを咥えると火をつけました。
両親ともに酒もタバコも一切やらない人達でしたが、専業主婦で日中家にいる兄嫁の喫煙で、すでに家はタバコ臭くなっていました。

せめて換気扇回せばいいのに

そう思い、私が換気扇のスイッチをいれて席に戻ると兄嫁は私に向かって紫煙を吹きかけるように吐き出し

「あんたが帰ってきたせいで、こっちは迷惑してんの!」

と言ってきましたが、私は黙って兄嫁を観察していました。

「あんたがこの家に入ったらさ、あんたがこの家継ぐことになるじゃん。
だからあたし達も慌てて同居したわけよ、ったくいい迷惑よホント。
あんたさえ帰ってこなけりゃ、いちいち同居なんてしなくて良かったし、財産はあたし達のものだったのに」

財産?あたし達のもの?
何言ってんだこの人

そう思いましたが、私は黙って兄嫁の観察を続けました。

すると兄嫁は
「あんたの親なんて、騙すの超簡単なんだよね~」
と言い、いかに自分が私の親に対して好かれるように計算して振舞って私が東京にいる間に欲しいものを買うお金を湯水のように引き出したかを曝露し始めました。

黙って聞いていると、だんだんと話しが見えてきました。

兄嫁は両親に取り入り私はもう帰ってこないものとして、「あなた達の老後は私がみるのだから」と思いこませて自分達に有利になるように財産についての遺言書を書かせるつもりでいたところへ、私が帰ってきたことで計画がうまくいかなくなったのでしょう。

「…いい嫁ぶって」

私の小さな呟きに兄嫁は反応し、手にしていた缶ビールを勢いよくテーブルに置くと

「はぁ?もういっぺん言ってみろ!?」

とテーブルにどんっと両手をついて立ち上がると、私の方へぐっと身を乗り出して凄んできました。

頭も良く、見た目も良く、スポーツもそれなりにできていた兄は昔からモテていました。
それなのに、なぜよりによってこんな人と結婚したのかがずっと謎でしたが兄の人生だから私には関係ないと思っていました。
でも自分の両親をここまで馬鹿にされて、私自身両親が大好きというわけでは決してありませんがもう黙っていられませんでした。

私はゆっくりと立ち上がると兄嫁に視線を合わせ、酔いが回った頭でも理解しやすいように

「い・い・よ・め・ぶ・り・や・がっ・て」

とゆっくり言ってあげると、兄嫁は乱暴にドアを開閉しキッチンを出て行きました。

そしてこの一件がもとで、兄家族ではなく私の方が家を出ることになりました。

兄嫁の怒りを鎮める為に、父は私のあの発言は長引いた摂食障害のせいで精神が歪んだせいだということにして、私を再び精神科に入院させることにしました。

隠していたつもりでしたが、父はまだ私が嘔吐しているのを見抜いていました。

今度は正真正銘、普通病棟とは長い廊下で隔離され入口には厳重なロックがかかり、窓とナースステーションには檻のような柵がある精神科病棟でした。





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