Happy Eggs(2000字強の小鳥を題材にした童話です)
バーディは雪のような白い羽根に包まれたとても愛らしい小さな鳥でした。あまりにも愛らしいので、小鳥屋さんにいる頃は、意地悪なキンカチョウの兄弟に尾を引っ張られて、よくからかわれたものでした。こうしてバーディの自慢の美しい長い尾はすっかり短くなったわけですが、バーディの円な黒い瞳は沢山のお客さん達の目にとまりました。ある暖かい春の朝、バーディは一人のお客さんをことごとく魅了し、黒蝉おじさんの家にお嫁に行くことになりました。
黒蝉おじさんは、蝉のような形をした黒い翼を持つ小さな鳥でした。若い頃にダンスを楽しみ過ぎ、腰を痛め、羽根が曲がってしまったのです。黒蝉おじさんは、バーディをちらりと見ると、早速、得意のダンスを披露しました。「お嬢さん、お嬢さん、こんにちは。僕の名前は、黒蝉おじさん。僕と楽しく暮らしませんか?」バーディは瞳を見開き、黒蝉おじさんに歌を返しました。「黒蝉おじさん、黒蝉おじさん、はじめまして、こんにちは。僕の名前はバーディです。」黒蝉おじさんは、目を丸くして言いました。「歌えるのかい?君は男の子なんだね。」
その昔、黒蝉おじさんは、バーディがいた小鳥屋さんで仲間達と楽しく暮らしていました。一羽もらわれ、また一羽もらわれ、とうとう黒蝉おじさんはカゴの中の最後の一羽となり、小鳥屋さんの近所のおじいさんの家にもらわれてきたのでありました。「でもね、バーディ、僕たちは世間ではカゴの鳥と呼ばれているけれど、人間が言うほど、僕たちの生活はそんなに悪いものじゃないんだ。」黒蝉おじさんは言いました。「ほら、僕のクチバシ、半分だけ黒いだろう?僕はヨーロッパの出身だけれど、言葉が通じないこの国でも誰とでも友達になれるんだ。」そして黒蝉おじさんはまた得意のダンスをバーディに披露しました。「小鳥の世界はね、男の子が歌い、男の子が踊り、小鳥の女の子に捧げるんだよ。僕たちの歌や踊りは、小鳥にだけじゃない、人間だって楽しませることができるんだ。」バーディは、黒蝉おじさんの歌と踊りを、うっとりとながめながら言いました。「僕も大きくなったら、おじさんみたいに上手に歌ったり踊ったりすることができるようになれるかな?」黒蝉おじさんは言いました。「もちろんだよ、バーディ。」こうして黒蝉おじさんは、バーディをまるで自分の息子のようにかわいがり、バーディは黒蝉おじさんに負けないくらい、立派なダンスと美しい歌が歌える青年に成長しました。
ある夏の蒸し暑い日、バーディは西に沈む太陽を眺めながら、黒蝉おじさんに聞きました。「小鳥の女の子って、黒蝉おじさんみたいな高い声なの?それともシジュウカラさんみたいにとおる声で鳴くのかな?」黒蝉おじさんは言いました。「小鳥の女の子はとても素朴なんだ。歌も踊りもできないんだよ。人間は小鳥の女の子のことを退屈だと言うけどね、小鳥の女の子はとても純粋なんだ。一緒にいるだけで、なんだか心が暖かくなるんだよ。小鳥の女の子は疑うことを知らないからね、とても親切にしてあげなくちゃいけないんだ。」黒蝉おじさんは、まるで地平線の向こうに何かを見ているかのように説明しました。「ふうん。」バーディは不思議そうに地平線を眺めました。まだ小鳥の女の子に一度も会ったことのないバーディには、まるで想像がつかないのでありました。
かんかん照りの夏が終わり、金色の秋がやってきました。カゴの向こうの木の葉は橙色となり、日も短くなったある日、ミルクティ色の羽根をまとった少女が黒蝉おじさんの家にもらわれて来ました。名前はミルキィ、バーディは一目でミルキィが大好きになりました。バーディは黒蝉おじさんから教わった歌とダンスを早速披露しました。「はじめまして、こんにちは。どうぞ僕のお嫁さんになって下さい。」バーディは何度も何度も歌とダンスを繰り返し、ミルキィをしつこく追いかけ回しました。ミルキィは突然のプロポーズにただ驚き、両羽根をばたばたさせながらカゴの中を逃げ回りました。「だめだよ、バーディ。女の子にはもっと優しくしなくちゃ。だいたい、君は自己紹介すらしていないじゃないか。」黒蝉おじさんは、巣からひょいと顔を出し言いました。バーディは途方に暮れて言いました。「黒蝉おじさん、女の子に親切にするって、どうするの?」
黒蝉おじさんはバーディの横にとまり話し始まりました。「まずはね、気のないふりをするんだよ。それも自然にね。それからね、小鳥の餌をプレゼントしたり、毛繕いをしてあげたりするんだよ。そしてね、ミルキィがバーディを仲間として信頼できるようになったら、歌とダンスを披露するのさ。」バーディは小さな溜息をつきました。バーディの心は不安で一杯でした。「バーディ、大丈夫だよ。君は歌もダンスも得意なとても素敵な男の子さ。もっと自分に自身を持つんだよ。」黒蝉おじさんは優しくバーディを勇気づけました。
バーディは辛抱強く、ミルキィが心を開いてくれる日を待ちました。ひょんなある日、ミルキィはさり気なくバーディの横にそっととまりました。バーディはミルキィに言いました。「この間は、驚かせてごめんね。黒蝉おじさんの家には慣れたかい?」ミルキィはにっこり笑顔で頷きました。バーディとミルキィは、その日を境に少しずつ仲良しになりました。バーディは、黒蝉おじさんから教わったように、ミルキィに小鳥の餌をプレゼントしました。ミルキィが横にとまった時は、必ず毛繕いもしてあげました。バーディは黒蝉おじさんからの忠告も忘れませんでした。「いいかい、バーディ。クチバシは素敵なプレゼントを渡せるし、優しく毛繕いもできるけど、惨い武器にもなるんだよ。僕たちのクチバシが尖っていることを、決して忘れてはいけないよ。」
秋も深まり、ジンチョウゲの花が香る頃、バーディはミルキィに得意の歌とダンスを披露しました。「ミルキィ、ミルキィ、素敵なミルキィ。かわいいミルキィ。大好きなミルキィ。どうぞ僕のお嫁さんになってください。」ミルキィは顔を赤らめ、にっこり笑顔で頷きました。バーディはまるで天にも昇るような気持ちになりました。「ミルキィ、ミルキィ、大好きなミルキィ。」バーディは喜びで胸が一杯になり、何度も何度も歌とダンスを繰り返しました。黒蝉おじさんはひょいと巣から顔を出し、満足そうに頷きました。
秋の終わりに、ミルキィは卵を一つ産みました。バーディはお父さんになったのです。でも正確に言うと、まだお父さんではありません。何といっても、まだ卵ですから。それでもバーディはとても喜びました。数週間後には新しい家族が生まれて来るのです。翌日、ミルキィはまたもう一つ卵を産みました。バーディは益々喜びました。そしてその翌日、バーディが水浴びをしていると、黒蝉おじさんがひょいと巣から顔を出しました。バーディは黒蝉おじさんのクチバシを見てぎょっとしました。なんと黒蝉おじさんのクチバシの周りに、黄色い黄身がわずかに付着しているではありませんか。
その夜、バーディは黒蝉おじさんとミルキィの三羽で話し合いました。黒蝉おじさんは、バーディとミルキィの仲を毎日ハラハラ見守り、とても疲れていました。そして、カルシウムが不足していた黒蝉おじさんは、ついつい卵の殻を食べてしまったのです。その話しを聞いて、バーディはとても哀しくなりました。バーディはミルキィに夢中で、黒蝉おじさんのことをすっかり忘れていたのです。ミルキィは黒蝉おじさんにいいました。「黒蝉おじさん、いつも親切にして下さりありがとうございます。卵のことは心配しないで下さい。生まれたての卵にはまだ赤ちゃんはいないのです。それに卵はもう一つあります。どうぞ、残りのもう一つの卵のおじいさんになって下さい。」黒蝉おじさんはそれはそれは喜んだのでした。
それから、何週間もの間、三羽は交代で一つの卵を温めました。そして、木枯らしが吹く頃、ついに小さな小さなヒナが生まれました。バーディは喜びに満ち、得意の歌とダンスを黒蝉おじさんに披露しました。「黒蝉おじさん、黒蝉おじさん、僕に歌を教えてくれてありがとう。僕にダンスを教えてくれてありがとう。僕はとても幸せです。」黒蝉おじさんはちょっと間を空けてから、バーディに歌を返しました。「バーディ、バーディ、僕の友達。バーディ、バーディ、僕の家族。君の幸せは僕の幸せ。君の歌は僕の歌。君のダンスは僕のダンス。僕に歌やダンスはいらないよ。だって、僕も男の子だからね。」