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夏祭り


此処は北信濃戸隠山の麓の村。
戸隠山の中腹、民家が数十軒建ち並ぶ一軒に甲賀流忍術の創始者でオレのお師匠様の戸澤白雲斎先生のお宅がある。
  
あ、言い忘れたけどオレの名前は猿飛佐助。
数年お師匠様の元で修行した後、晴れて免許皆伝で、お師匠様の兼ねてからの知り合いで、信州上田の真田幸村様にお仕えしている。
後の世では「真田十勇士」なんて呼ばれて英雄扱いされるみたいだけど、今のオレは知る由もない。って当たり前か。
今は葉月(8月)初旬。
オレは、真田のお殿様から数日の休暇を頂いた。
ま、後の世でいうお盆休みみたいな物だ。
その休暇で郷の母上様に会ってきた。
母さんの肩を揉んであげたり、水汲みや薪割りを手伝った。
久しぶりに母さんの手料理をたらふく食べのんびり過ごす事が出来た。
その母さんの家を後にして、オレはお師匠様の宅に向かった。
    
決して勘当された訳ではないからな。
休暇を頂いただけだから。 
 
其処をちゃんと言っておかないと、さくらの奴にまたごちゃごちゃ言われる。
あ、さくら、っていうのはお師匠様の末娘でオレの未来の嫁さん、じゃなくて幼馴染。
歳はオレの一歳下で今年数えで十三になる。
可愛いんだけど兎に角お節介で気が強い。
 
暫く会わない間に女らしくなったさくらの姿を想像しながら歩いていたら、あっという間にお師匠様の宅に着いた。
 
「ただいまー。」
オレは我が家同然に振る舞った。
だって、数年住み込みで修行したんだ。
我が家、といっても可笑しくはないよな。 
    
ん、お師匠様?さくら?居ないのか?
でも、人がいる気配はするし、何だろう?
   
ははあ、襖の影に隠れているな、さくらの奴。
  
襖の下の所、木になっている部分に俯せになって隠れているのだろうけど、ちょこっと頭が見えている。
オレが気づいていないと思っているのだろう。 
そう思うとオレは悪戯心がむくむくと湧いてきた。
   
ちょっと揶揄ってやるか
 
「さくら、何処にいるんだ?」 
オレはわざとらしく声を出した。 
         
「わっ‼︎」
 
そうとは知らずさくらがオレを脅かそうと襖を開けた。
      
「何やってるんだよ、さくら?悪いけど襖から頭はみ出していたぞ」       
「だってまさか佐助さんが来るとは思わなかったし、これでも機転を利かせて隠れたんだから。」、とさくらが言った。
             
「機転が利く、って意味違うだろ。」
  
ん、なんかいつもと会話が逆だな? ま、いっか。
 
オレは、帰ってきた理由を話し、さくらも納得した。
   
「そうだったのね。でもお父上、昨日から隣村まで行っているから、帰りは明日の申の刻(午後4時頃)になるって仰っていたわ。
佐助さん、有り合わせの物しか無いけど、今ご飯用意するね。」
    
さくらに言われて、此処に来る途中、祭りをやっていたのを思い出し、どうせなら、祭りで何か食べないか、と提案してみたら、さくらは乗ってきた。

「先にお風呂に入る? もう沸いているから。」
 
                         
戸隠山は標高が高いため、葉月でも夕方になると気温がグッと下がる。お湯も冷めてしまうだろう。
その為、先に風呂に入ってから祭りに行く事にした。
 
「佐助さん、一緒にお風呂入らない?」
そんな甘い言葉を期待したけど駄目だった。
 
あーあ、がっかり  
                               頭と体を洗い、温まって、さあ出よう、とした時気づいた。                    
あ、やばい、着替え持ってくるの忘れた。
仕方ない、取ってくるか。
オレは一糸纏わぬ姿で風呂の戸を開けた。
 
と同時にオレの着替えを持ってきたさくらと鉢合わせになった。
 
「あ、ごめん。」とオレ。
  
「⁉︎⁉︎‥」
 
声にならない声を出しているのは勿論さくらだ。
オレはそれほどでもない。
 
「もう、ちゃんと、前くらい隠してよねっ。」
                               「さくら、見たのか? オレの?」                              
さくらが顔を真っ赤にしながら、こくん、と頷く。
                               「オレは別に気にしてないよ。」
                               「あたしは嫌なの。そんな物見たくない。」とさくらが言った。
                               そう言われてオレも頭にきた。
                               そんな物って言い方は酷いだろ。
それにオレが謝っているんだからさくらにだって謝って欲しいんだ。対した事じゃなくたって大事な事だって思っている。
些細な事でも、ありがとう、や、ごめんね、が言える関係をさくらと築いていきたいんだ。
 
「ごめんね、佐助さん。」
  
さくらが下を向いたまま、でもはっきりとした声でオレに謝ってくれた。
顔は真っ赤なままだ。
よっぽど恥ずかしかったのだろう。
 
                               「いいよ。」とオレ。
                               
「さくらも早く風呂入って来いよ。そうしたら祭りに行こう。」
 
「うん、あたし味噌おでんとりんご飴が食べたい。」
 
「お、いいな。オレは焼きとうもろこしとかき氷かな。」
 
風呂から出たさくらと手を繋ぎ歩き出した先の夜空に、祭りの盛り上げる花火が一際大きな音と共に打ち上がった。
  
                                          終わり                                                                                                

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