パパさまよった 秋の巻 (全34篇)
育ち盛りの子たち3人と一緒に暮らすっていう人生で初めての体験のなか、日ごとに、戸惑い、さまよっている、見覚えのない自分のこころ。胸がうずいて眠れないまま夜明け前、そうした想いを詩にととのえて、ようやくどうにか冷静に生きた心地を取り戻しているような日々が、半年ほど続きました。2023年の春先から秋にかけて生まれてきた詩たち。こんな詩がまさか自分から生まれてくるとは思いもよらず。いくら舞っても踊っても、どうにもできない、いくら歌っても泣き叫んでも、どうにもできない、そんな万感の想いと共に。
おむすび
母ちゃんが頬咲んでいる
たなこころをぬらし
梅干しをちぎって
お腹を空かせたちいさな子たちへ
朗らかに声をかけながら
おむすびを握っている
それを見ていてどうしてなのか
火事の光景がまぶたに浮かんだ
燃えている我が家へ
子たちを救いに駆け込んでいくお母ちゃん
両脇に子たちをかかえ煙にむせて
火宅から飛びだしてくるお母ちゃん
ちょっと火傷をした母ちゃんが
燃えさかる我が家のまえで
はらぺこの泣いてる子たちに
おむすびを握っている
梅干しをちぎって
朗らかな声を響かせながら
知己
パパのこといつも心から祈ってくれていた人が
またひとりこの世から去っていってしまったんだ
ふたりがとっても小さかったころ 四歳ころから
ともに歩んできた女の子 親友だった 知己だったんだ
五十年あまりの月日こころかよわせあったんだ
みっつの時代をつらぬいて想いひとつにすごしたんだ
両親を亡くしたその子をパパは守ってあげることにした
山のなか林のなかにある家で七年くらいともに遊んだ
思春期のなかばに再会してから たましいの友になった
不思議なチカラを持ってた彼女はパパの人生を預言した
ずっと独り身で山のなか自給自足で暮らした彼女
晩年は病院のベッドで装置をつけて寝たきりだった
歳とってかけがえのない友に先立たれた人ならみんな
きっと胸のうちに味わったことのあるさみしい想い
どうしようもない 言葉にしずらい こんな想いを
きみたち子たちはいま知らなくたっていいんだろう
奇跡みたいな出会いを経て きみたち子たちもこれから
知己と一緒にあたらしい時代の月日を歩むんだろう
亡くなったその友達とパパとのあいだで育てたのと
おなじくらいの結びつき つながりあいをきみたちが
誰かとのあいだで月日をかさねて育ててくれたら嬉しいな
残されてこんなにさみしいなんて多分それだけ人生で
素晴らしいつながりあいにパパは恵まれていたんだね
こんなにも一回かぎりの人生は祝福されていたんだね
想う根(んむぅね)
この世の秘密と関わるような
長いながい不思議な夢から
胸いっぱいで未明に目覚めて
生まれてきてから今日は四年目
かたわらで眠るこの子の誕生日だと思い当たって
娘の寝顔をしみじみながめ
支度しておいた贈り物をたしかめ
この四年間みなで体験した災厄を想い
どう? よく眠れた? と妻から訊かれて
こころづかいが嬉しくてまた胸がいっぱいになり
いつものように娘と息子のおねしょした布団を干して
浴室で濡れたシーツを洗い オムツを洗い
いつものように台所に立って
昨日の宴のような夕食の食器を洗っているうちに
なぜか若き日の恋人との
慎ましい日々が想いだされて
いっぱいの胸がちりちり痛み
SNSで元妻からの明るく穏やかなメッセージを読んで
胸がはちきれそうになり
みんなで「いただきます」の踊りをしてから
畑でとれた赤玉ねぎとトマトの味
朝食の手づくりサンドと
辛子明太子のフランスパンをいただいて
ブルキナファソの路上での日々を想いだし
胸はいっそうはちきれそうにふくらんで
子たちが見せてくれる折紙
はしゃいでいる子たちの笑顔を見て
父母の若かった懐かしい子供の頃を想いだし
もうこんなに胸がいっぱいで
どう生きていけばいいんだろう
親たちも祖母も祖父たちも
昔からみんなこんなにはちきれそうな
胸を抱えて生きていたのか
こんなにあふれる想いで日ごと
ご飯を炊いて洗い物をして家族といっしょに
お祭りを生みだしながら暮らしていたのか
ヘッドホンも車もスマホもなかった時代
夜のライトも電話も水道もなかった時代に
胸いっぱいの御祖さんたちが暮らしていた町
胸いっぱいの御祖さんたちが暮らしていた村
地上では胸いっぱいの人たちがお互いに
あふれる想いをいだいたままに
今日この日までと同じくらいに明日もまた
恵まれた幸多き日でありますようにと
祈りながら暮らしていたんだろう
周りのいのちへ想いを添えて
日がなあめつちに祈りながら
くるおしい想いで暮らしていたんだろう
いまこの時代だっておんなじだもの
胸からあふれる想いに任せて
歌ったり踊ったりして
祈るしかなかったんじゃないか
でなかったらもう すぐにでも
想う根んむぅねがはじけてしまって
息絶えてしまいそうだったんじゃないか
ちいさな別れ
1
夕方にはまた
きっと会えると知っているのに
朝はやく登園・登校するむすめたちと
別れるたびにさみしくなる
きみたちむすめを軒先で
見送ろうとして胸しめつけられ
今朝もそのままいつものように
車の助手席へ乗ってしまった
窓から見える山里の景色を
きみたちと一緒に眺めながら
保育園まで学校までの束の間を
ともに車に揺られていく
こんなパパって変なんだろうか
別れまでのひと時を日ごと
こんなにも胸うずかせて
切に惜しむのはどうしてだろう?
いつかこの世で別れることを
想い起こさずにいられないから?
夕方になればきっとまた
会えるとは言いきれないから?
いずれ別れはやってくる
それぞれに分かれ分かれの道を辿って
相手と過ごしたある日のことを
ひとり想いだすときがくる
2
お家へ帰ってきたむすめと
日暮れまえ いつものように
大きな通りを自転車で越えて
近くのお店へ買い物に出る
発酵乳やお豆腐や
お魚のアラを仕入れに出る
道すがらむすめとふたり
しみじみとした話もできる
今日は信号を渡ったあとで
ふと思い立ってたぁちゃんと
たましいのお話をした
からだが消えても残るたましい
小さい頃から仲良しだった
パパの友達が今年になって亡くなった
からだが消えたその友達と
パパはこの頃よく話をする
こころひとつに親しんだひとは
亡くなった後いつでもどこでも
話しかけると応えてくれる
たましいを通わすことができるんだ
ひんやりとした店のなか
心を込めてむすめに伝えた
いつかパパが死んだあと
パパにこころで呼びかけてみてね
からだは消えてしまっても
パパのたましいが応えるからね
このことを今は忘れてもいい
きっと想い出せるから大丈夫
終わらない恋
たとえば散歩に誘われて
しばらく待ってもらうとき
こちらから散歩に誘って
めずらしく断られるとき
手と手をつないでふたりで
夜の散歩をはじめたとき
たとえばそんなありふれたとき
ふとかわす声でまなざしで
あらためてパパは知るんだな
どうやら今こそ人生のなか
恋する気持ちが極まった時だ
かつて人生かけだしのころ
その後さかんにあちこちを
走りまわっていたあのころには
まだ知らなかったあたらしい
想いが胸からあふれてくる
きみたちが生まれたときから
ひとつの車で旅をして
ひとつの家で暮らしてきたよね
きみたちむすめと過ごすひと日は
胸さわぎがして
胸なでおろして
胸やすらいで
胸ときめいて
胸あたたまり
ふたたび胸がざわめいたりして
たえまなく胸が目覚めてるのだ
きみたちの口ずさむ歌
はしゃいで笑うそのすがた
夜明けまえの 寝がお寝いきに
いちいちこころがしびれたりして
音楽への恋はもっと淡かった
女性との恋には終わりがあった
恋する気持ちは非日常だった
そんな過ぎし日を想いだすのだ
この初めてのかたちをした
へんてこな永遠性の恋する想いは
ありふれた日ごとの暮らしに
ごくあたりまえにみなぎっていて
どうやらよくある失恋みたいな
終わりもないままつづくみたいで
いつまで経っても慣れないまま
今日もあらためて真あたらしく
かたちある雲のかなたの蒼空の
果てしなくあてどない心地で
きみたちむすめと暮らしている
うつくしく
ありのまますなおに通わせあうこころ
こころがそのまま飾ることなく美しかったら
こころの奥からじんわり光を発しつつ
こころの面は虹色に 楽しく きらきら 輝いていたら
向かっていく先ざきのやみをあたたかく
照らして晴らす精霊(かみ)のこころで暮らせたら
そんな想いで こころを みがこう そだてようって
日ごとあらたにこころざしてきた私たち
目指していたのは のんびり緩んだ楽だけじゃない
きびしくはげしく息もつけない日々がある
たましいを まるごと育てて宇宙へ還そう
いますぐに周りのいのちへチカラを添えよう
家族
だいじょうぶ
この世を去っても
ゆるがない
ともに暮らして
ともに育てた
家族のつながり
たましいの芯は
ゆるがない
だからだいじょうぶ
だいじょうぶだよ
だいすきだからね
ありがとね
おしえてもらった
だいじなひとからおしえてもらった
「むずかしいかもしれないけれど
ひとりあてどなくさみしくて
こころぼそくてたまらないときは
まもってくれてるチカラさんたちに
ありがとうってつたえてみよう」
たしかにチカラがまもってくれてる
みえないけれど これは しってる
ひとりでがんばるのをやめて
みえないチカラに みをゆだねよう
すぎゆくときに なりゆきをまかせ
こころにしばらく やすんでもらおう
ひとりもの
パパはお家にいるようになった
きみたち子たちをお家に残して
旅の仕事に出ることもない
家族でひとつになってしまった
五人でひとつになってしまった
きみたちとひと日だけでも離れていたら
さみしくてとても耐えられないって
ひとりきりでは過ごせないって感じてしまう
真夜中にパパは夢をみた
亡くなった踊りの師匠と話をしている
ようやく再会できた師匠は
百歳をすぎて元氣なままで
出会った頃と変わりがない
それから都会の夢をみた
伝統を守って暮らすアジアの国の一族が
盛大にお祝いをしている席へ
パパは紛れ込んでしまっている
久しぶりにパパは彼らの言葉で語り合う
それから大きな家のなか
住み分けて暮らす若い人たちの夢をみた
いろんな国から集まってきた
貧しい無名の芸術家たち
夢のなかではパパも若くて
自由なままに貧しくて
ひとりぼっちで行くあてがない
大きな家の住人たちは
細やかなこころづかいで
パパを仲間に迎えてくれる
静かな心地で夢から覚めた
夢だったんだと氣がついた
くらいおやすみの部屋のなか
虫たちの鳴く声につつまれて
きみたちの寝息が聞こえてきて
それから氣づいた
いまみたみっつの夢のなかには
誰も家族はいなかった
パパは誰かのパパじゃなかった
夢の世界にぽっかり浮かんで
我が身ひとつをどうにかしていた
それだけだった
広い世界のなかにいて
自分のこれからだけだった
さみしくて人恋しくて
人恋しいのに慣れてしまって
人恋しいのが当然になって
どれほど自分がさみしいか
自分で氣づいていないのだった
うつろなこころを抱えていたんだ
きみたち子たちのいない世界で
パパのこころはうつろだったんだ
夢のなかだけじゃなかった
きみたちを授かるまえは
うつろなこころを抱えたままで
歌って踊って人を笑わせて
パパはあちこち旅していたんだ
日本を旅した
世界を旅した
行くさきざきに
拍手があって笑いがあった
自分なら何でもできると思ってた
ひとりでいてもさみしくないと思ってた
次つぎと誰かと新たに親しくなって
旅先の出会いにいつもわくわくしていた
さみしがりやの
ありふれたパパになってから
朝ごと夜ごと
胸いっぱいの暮らしのなかで
パパになるまえの自分の姿を
遠くのほうに想いだす
いわゆる自由だったなあ
わがままでこわいものなし
パパは自由な旅人だった
ひとなつっこいひとりもの
むねのうつろなひとりもの
自分でそうとは氣づかぬように
新しい何かにせわしく飛びついて
夢みるように よそみをしながら
こっそりさみしいひとりものだった
走る子たちを
1
なんて不思議なことだろう
自分はもっとびっくりしちゃっていいと思う
かつておばあちゃんに見守られ
運動会で走ろうとして転んでいた子
痩せっぽちの虚弱児が
生き延びてこんなに大きくなって
元気な子たちのパパになって
なんて素晴らしいことだろう
我が子がこれから走ることになってる運動会の
お弁当を家族みんなで作っているよ
2
ときどきパパは思うんだ
いまの世界はSFのなかみたいだなって
かつてなかったいろんなものが
あふれかえっているなって
野菜のなかの目には見えない
農薬さま化学肥料さま
見えないままにいのちへ届く
マイクロプラスチックさま
添加物さま抗生物質
放射能さんでふらつかないで
電磁波さんによろめかないで
子たちと遊んでいる時は
忘れていたいものたちがあって
マスメディアさんの
システムさんはすごすぎる
医療システムもすごすぎる
メディアとか医療にかぎらず
世界の大きなシステムみんな
ちかごろの地球基準はすごすぎる
我が子はこんな世界のなかで
銃声の合図に合わせて
ほかの子たちと走りだし
ゴールまでを走り切るのだ
グランドでその姿を見ながら
なんとも不思議な心地になるのだ
3
パパが小さい子だった頃も
運動会で合図に合わせて走っていた
そのころは近くの川に
サワガニがいてザリガニがいて
近所にはやたらと話しかけてくる
へんな大人がたくさんいて
夏の庭にはホタルが飛びかい
秋の空にはいっぱいトンボが飛んでいて
お山でたくさんアケビが採れた
お家にはうちの車がなかった
おばあちゃんと手をつないで
遠くまでよく歩いていった
お家にはお風呂がなくて
洗面器にタオル石鹸を入れて
近くのみんなのお風呂へ行った
水洗式のトイレはなくて
畑の肥やしは充分にあった
掃除機はなくてホウキで掃いた
洗濯機が来るまえには
洗濯板でゴシゴシ洗った
懐かしい足踏みミシンの音
アイロンの蒸気の匂い
服にはぱりっとノリが効いていた
お家にはダイヤル式の黒い電話器
単一電池の大きな懐中電灯があった
箪笥のうえには神棚があって
かき氷をつくる道具もあった
かつおぶしを日ごとにけずって
クルミやゴマをすり鉢ですった
鉛筆削り器はなくて
鉛筆は小刀でけずった
お家にはまだテレビもなくて
お家にある絵本は一冊だけだった
4
そんな暮らしも
おばあちゃんには贅沢だった
水道がとおっているし
ガスの火で煮炊きをできる
すぐ近くからお湯も汲めるし
ご飯の後ではお風呂に出かけて
ご近所さんと話をできる
何よりも我が家があって
家族でいっしょに暮らしていられる
戦争も終わって
世のなかにはものがあふれていて
孫たちに食べさせるものは充分あって
子たちはこうして運動会で
かけっくら
たまいれ
つなひきをして
平和に競技をしていられる
5
きみたち子たちも
たまいれをして
つなひきをして
勝とうとしたり
負けたりしながら
大人に育っていつの日か
その時代のかたちで親になり
今度はきみたちの授かった子が
未来の運動グランドで
たまいれ つなひき
おんなじようなことをするのかな
そのとき世界はどんなだろう
海山はどれほどきれいなんだろう
どれほどの人が地球のうえに
生き永らえているんだろう
かつてのように
むだな争いがしかけられ
死んでいく子たちがいないだろうか
その頃にはもう
運動競技がなくなって
紅組や白組ともども
つなひきのつなも消えているのか
人工知能のすすめにしたがい
新しい競技のかたちが生まれてるのか
子たちと暮らしていくなかで
見通しの立たないことがいっぱいあるんだ
これからの世を親子そろって
生き抜いていくのって
なかなかのことだと思うんだ
6
わしらみんなの
御祖さんたちも
またそれぞれに
領主の気まぐれにおびえたり
戦乱の気配におびえたりしつつ
家族といっしょに精いっぱい
幸せになろう晴れやかになろうと
祭りをしながら暮らしていた
御祖さんたちが願ってくれた
子孫のいく末を想ってくれた
そしてわしらはいのちを授かり
子たちといっしょに
こんな世界をまだ生き延びて
家族ごと運動場へ
カメラや椅子を持ち寄って
我らの時代の伝統行事
運動会っていう不思議なかたちで
この大人たちの世のなかを
生きていこうとする子たち
頑張って走る子たちを見守り
涙声のかすかに混じった元気な声で
子たちを応援したりしている
世俗
身がままに刹那を生きて
どんどん量を増やしていって
興奮に我を忘れてみたいか
一発当てて家族を捨てて
破天荒なんて呼ばれたりして
自堕落な暮らしをしてみたいのか
世俗を知ってしまったあんたが
いつまで大人しいかは知らない
荒ぶる時もあるかもしれない
船の看板に立つたびにおれは
このままふっと発作みたいに
海の波間へ飛び込みそうで怖かった
この衝動を理解もできず
だれにも知られず消えていく
後悔しながら溺れ死ぬのが怖かった
めぐみ
夜ふけに目ざめてねむれないまま
これまでのことをいろいろ想いだす
こころのおくで音楽がなる
たくさんの笑顔がこちらをむいている
自分みたいなにんげんが
ひととして生きてこられたのは
どうしてなのかたしかめてみる
ありがとう
ほんとうにありがとう
だいすきになったひとたちがいて
大切に想ってくれるひとたちがいた
こころのうちで見えないチカラを
そっと そえてくれる ひとたちがいた
ひとりではひと日も生きていられなかった
このひとがいてくれたから生きられた
そんなひとたちに恵まれたんだ
手をふって
この世を去った親友の
晩年の日々を想いながら
ちいさなちーちゃん一歳と
車でちいさな旅をした
昼から晩まで一緒に遊んだ
にいにいたちと ねえねえと
別れぎわちーちゃんは昨夜
ひとりずつバイバイをした
抱っこされて温泉を去りながら
手をふって施設にバイバイをした
通りかかった夜行電車にも
手をふってバイバイをした
今朝は大好きなバスさんを見に
町の小さな駅へ出かけた
バシュバシュと歓声をあげて
ちーちゃんはバスを鑑賞した
そのあとでバシュに向かって
手をふってバイバイをした
また会おうねとお別れをした
バシュさんの駅にもお別れをした
この世にはたしかにあるんだ
いずれこの世を去る人が
最後におとなう温泉がある
最後に乗り込むバスがある
ママとパパとはこれからさき
いくたびバイバイできるかな
とおくで暮らすじいじとばあばに
このひとひ照らしてくれたお日さまに
手をふって温泉施設にバイバイするよ
手をふってバスにバイバイするよ
ちーちゃん家族にバイバイするよ
また会うときまで みんなバイバイ
こころで
ひとりつらくて
ねむれないとき
くちずさんでみる
おまじない
コンナニタノシイ
ミンナガタノシイ
すこしずつ
たのしいことを
おもいだしたら
にっこり
えがおになってみる
さみしいおもい
つらいおもいと
たのしいおもい
かさなりあって
むねがいっぱい
こんなときこそ
おもいをそえる
かぞくともだち
またあえるひと
おわかれしたひと
ひとりひとりを
おもいおこして
おもいをそえる
アリガトウ
コンナニタノシイ
ミンナガタノシイ
こころのうちで
あいさつしてから
だきあって
はげましあって
たのしいおもい
むねいっぱいの
あふれるおもいで
あいてにふれる
あいてをつつむ
ちからをそえる
だいじょうぶ
ひとりつらくて
ねむれなくても
だいじょうぶ
コンナニウレシイ
ミンナガウレシイ
原動力
どうしてこんな骨抜きみたいな
へにょへにょなパパになり果てたのか
せっかくだったら数を稼ごう
みたいな欲もすっかり消えて
子たちの寝顔を鑑賞しながら
虫たちの声の周波に安らいでいる
そうなのだ
ぐっすり寝顔
にっこり笑顔
これが本能をくすぐるらしい
子たちの寝顔
にっこり笑顔に触れてるうちに
ありふれた
「パパ」が肩書きになってしまう
子たちの寝顔を愉しむにあたり
何か特別なチカラは要らない
何かしらきわめようとかしないでいい
なるべくならみんな元気で
幸せであってくれたらいいな
そんな願いがすんなり湧いてくるだけだ
こんなにすごい利権をまるごと
いますぐおまえにくれてやるから
その子の笑顔をこっちへよこせ
そう言われても
子たちの笑顔は渡せない
親たちはそんなふうなのだ
かわいくてたまらないのだ
守るべき思想や戒律があるからじゃない
すごい決意や約束をしたわけでもない
子たちがにっこりするからだ
つらいときにも子たちの笑顔につられてしまう
まじめで気苦労ばかりの親でも
ついつい笑って暮らしてしまう
世のなかが つっかえがちで つらいときにも
子たちにはなるべく笑顔でいてもらおう
そんな想いでついなんとなく
顔に締まりがなくなってきて
にっこり笑顔になってる
じじばばへ
おかあさん
おとうさん
生きてるあいだに
うちの子たちと会わせたかった
もうむりだってわかっていても
ときどき願ってしまうんだ
なみだがあふれてしまうんだ
おとうさんには じいじいとして
おかあさんには ばあばあとして
まごたちを 抱っこしてもらえたらなあと
かなわない願いに むねがいっぱいで
まごたちとごはんをたべて
どうぶつえんにでかけたり
いっしょに障子をはりかえたり
まごたちの水着
ながぐつをかいにでかけたり
まごたちに絵本をよんできかせたり
せんそうがおわったころの
ふたりが恋人になったころの
なつかしい想い出ばなしをしてあげたり
いっしょにガンゴン電車にのって
ふるさとの土地をたびしたり
子たちとすごして たのしいときは
こころのうちで
ふたりにこえをかけてきたよね
みまもってくれてありがとう
こんなにおおきくそだったよって
子たちにもずっと伝えてきたよね
みえないだけで みおやさんたち
ここにきてくれているんだよって
いつかこの自分の子たちが
あいてをみつけて おやになり
子たちの子たち
まごたちに会えるとしたら
そのときパパは
どんなきもちになるだろう
あじわってもらいたかったな
ねえ
きこえてるかな
おかあさん
おとうさん
出支度
おうちから
もうすぐみんなで
おでかけなんだ
たましいの
してきたことがおなじひと
ゆくさきがおなじひとたちと
これから永く
おなじところで
つどってたのしくすごすんだ
みんなでそろって
出支度をした
トマトのスープ
しお しょうゆ オクラの料理
みそ おさけ たまごの料理
はし コップ スプーン ちゃわん
たわし てぬぐい
マット ねぶくろ
耳かき つめ切り
ふえ たいこ
画用紙
絵本
宝物
ひとのたましいに
大切なことは何なのか
お互いに必要なものは何なのか
話し合うのに七年かかった
家族みんなで
とりさんを育て
うねをととのえ
なえをそだてて
たねをつぎ
収穫を終え
料理を終えて
ごちそうを
ほどよいうつわへ
盛りつけるのに三年かかった
だいぶ出おくれたようだった
出おくれたぶんだけみんな
しっかりそだって
学べるかぎり
大切なことを身につけた
さあでかけるよ
たましいの
似てるひとたちが
ひろいのはらに
あつまってくる
おもいでの
しばらく住んだ
おうちから
もうすぐみんなで
おでかけだ
そばの花
やまのはたけに
咲きあふれている
ちいさな白いそばの花
いっせいに風にふかれてゆらめいている
おそばの花さん
ちかごろわしは思うんだ
こんなにんげんは
とてもあなたにおよばない
きれいな花をながめてよろこび
実ってくれた種たちを
味わい愉しむばかりのわしだ
そばの畑をまもるひと
そばの実をひいて粉にするひと
そば切りを作ってくれるひとたちへ
こんなにんげんで すまないなあ
ゆるしておくれと思うんだ
ほそいつな
いのちづな
家族と仲間を大切にして
ひととして
こころをこめて
暮らせるように
何十年もつかみつづけた
いのちづな
わしはちかごろ
あのつなを
はなしてしまったようなんだ
たなこころには
もうなにも
つかんでにぎるものがない
いまの自分はからっぽだったり
本能だけの虫さんだったり
自分は何者だったのか
こんなところで何してるのか
りんかくも
中身もぼやけたままなんだ
ぐらぐらの
ぼろぼろの
あてどないこんなわしさえも
そばさんたちはもてなしてくれる
むかしと変わらず
花を咲かせて
香りよく
歯ごたえもよく
つゆと薬味もひきつれて
だいじにおいしくもてなしてくれる
街から街へ
旅から旅への暮らしをはなれ
ふるさとの山へ戻ってきた年
畑にまいたそばの実が
初めて花を咲かせた日
わしに向かってその花は
こうささやいているようだった
ほら ちっぽけな花だろう?
しかもまばらでたよりない
ごらんよ この茎 ひしゃげてるだろ?
そばはまっすぐ伸びないんだよ
これからきみもひしゃげるだろう
折れやすいやつになるだろう
でっかい文化にかまけたあげく
がんばりすぎてつかれるだろう
自信をなくしてたよりなくなり
人生の午後三時半
この世から散っていくまえに
たましいは知ることになるだろう
知りたくなかったようなことさえも
仕方がないよ
仕切りなおしの時期なんだよね
弱くてダメな自分を知って
たましいを
立て直せるか
磨いていけるか
清められるか
そのへんはきみ次第だよ
走れなくなって
踊りの技もすべて忘れて
よちよち歩きで
人生の出発点へ逆戻りして
三歩すすんだ
また二歩さがった
また三歩だけ
ようやくすすんで
すぐ二歩さがる
このくりかえしのなか
ときどきぼくらをながめてごらん
ちっぽけな花
ひしゃげた茎を
味わってごらん
おいしいからね
葉っぱもお花もめしあがれ
おじいちゃん
おばあちゃんたちに教わって
そばの打ち方もおぼえてごらん
お日さまの光たっぷりあびよう
くらい夜にはよくやすもう
だいじょうぶ
きっとあたらしいきみになれるよ
どんなものでも
たったひとつでも
この世のなにかを
すきでいられたら だいじょうぶ
これまでみたいに
おそばだいすきでいてちょうだいね
せっかくだから畑では
辛味大根もそだててね
とうがらし
ながねぎ ミョウガ
薬味をたっぷり育てよう
おしょうゆづくりもよろしくね
やまぐにの
おそばの里で車をはしらせ
学び舎へ
子たちを見送る道すがら
あちらこちらで
咲きあふれ
風にそよぐ花
ちいさな白いそばの花
ありがとう
おそばさん
ささえてくれてありがとう
いまもなお
はげましてくれてありがとう
そばの打ち方もおぼえたよ
おしょうゆもつくりつづけているよ
これからもきっとだいすきだ
親同士の対話篇
1
恋人同士の会話とちがって
あなたとわたしの我われふたりを
主題に据えるわけにはいかない
かならず子たちが真んなかに
我われふたりの真んなかにいる
五人がまとめて主語になり
子たちをふくめて我われは
どう生きるかが主題になる
2
困ったことなどないことにして
気になることから余所見してたら
どうにもならなくなってきた
どうにかするしかなくなってきた
気晴らしの軽い会話じゃない
人生・生命・生活の話
どうしたらいいか
はなそう
かたろう
どうしたらいいか
ふたりの問いを重ねよう
ふたりで語り合えるチャンスを
先延ばしにしてばかりだと
みんなお互い黙ったままで
こころがこぼれていってしまう
3
仕事で疲れた親にとっては
重くて疲れる会話になるから
大切だってわかっていても
面倒くさくてうんざりしたり
いったん話を始めたものの
時間があまりに足りなくて
うまくいかないときもあるよね
4
朝早く暗いうちから起きだして
ちーちゃん一歳のいないところで
ママはひとりで正座して
のるちゃん四歳の服を縫ってた
ほつれたところを縫いあわせ
破けたヒザにツギをあてていた
ふたりきり過ごせる時間はかぎられている
起きだしてきたパパはママの近くに座り
夢うつつにどどっと小声で話をした
たまりに溜まった心の近況報告だった
それからママの話が始まり
ふたりの対話が始まった
ママは縫い物を続けながら
パパは包丁でニンニクの皮をむきながら
ちかごろこころがけてきたこと
暮らしのなかでのかすかな違和感
必要にせまられ努力したこと
子たちを想って耐えていたこと
お互いに勘違いして苦しんでたこと
行き違いがちなパターンと
それを卒業する工夫
ふたりきり過ごせる時間は
やっぱり時間制限があった
5
ママは言う
ふたりの対話は
空虚な愉しいその場しのぎの会話じゃない
真剣に大切なことを話すほかない
だからたいてい疲れてしまう
何かに遅れてイライラしてたら
会話どころじゃなくなるし
家族のみんなが落ち着いて
時間どおりに動けるように
今できることを見つけてほしい
初めて知ること
いま改めて知ったこと
これまでに何百回と
言い続けてきたこともある
これまでに形成してきた
世界観なんてすぐに揺らいで
受け容れた相手の本音を
すぐには消化できなかったり……
6
ママの縫い物は完了した
のるちゃんの破れたタイツを
ママがどうにかしようとしたから
生まれた朝のふたりの対話
やがて起き出してきたのるちゃんに
吹奏楽器のファンファーレを
鳴り響かせるようにして
ママの労作を紹介した
はなやかなツギが当たって
生まれかわったタイツをはいて
のるちゃんは歓声をあげて
走りだし はしゃぎまくった
そのまま子たちは大笑いして
布団のうえでもつれあってた
朝のひととき寝床の部屋で
目のキラキラした
いきいき平和な楽園だった
7
いつでもお家で赤ちゃんが泣く
そんな七年を
ともにすごしてきたふたり
七年の月日のなかで
縫い目のほつれてきたところ
ちょっと破れてしまったところ
華やかな布地じゃなくていいから
ツギをあてるのが必要なところ
新調した方がいいところ
そんなところが
ふたりのこころのあちこちにある
8
ふたりゆっくり
話せるときを見出しながら
子たちの親は
これから先も
たくさんの朝を共にすごして
対話を続けていくんだろう
誰も知らない
誰も見てない
車のなかで
キッチンでふたり
お家の経済
子たちの教育
暮らしの哲学
それぞれの夢と憧れ
そうしたすべてを包み込む
ふたりのあいだの
子たちのいのちの
これからについて
会議
子たちの未来をどうにかしようと
大人が大勢あつまっていた
眉間にしわの刻まれた顔
質問されて口ごもる親
煮詰まっていく場の雰囲気
それでは!と
いきなり高い声をあげ
若い女性がすくっと立った
日に焼けて
寝間着みたいな服をきて
胸にはふたつ
たなこころそえて
赤ちゃんを背におんぶしていた
わたしなんだかよくわからなくて
うちの子がいつもしてるみたいに
わかるかぎりで歌います
すみません では
差し出がましいようですが
なんだか無謀で
話っぷりが場違いだった
戸惑いがちに
みんなはそちらを凝視した
そしてまもなく
歌が来た
ままぁああああああ
ぱーぱ
ぶーぶーがんごん
ぷっぷぷばー
るぅれるぅれら
こおおおおおおおおお
ちいいいいいいいいいいい
くっ
くっ
ねえねえねんね
こっ
にゃあにゃあ
こおおおおおおおおお
録音技術とマイクの時代
ひとりひとりがイヤホンの時代
打ち込み作曲
デジタル配信
そうした時代をすっ飛ばし
会議の席が
原始の景色に染められていく
誰かが始めた手拍子が
ばらばらにまばらに広がり
やがてそろった感じになって
思わず一緒に歌い始めるお母さんたち
歓声をあげるおばあさん
足ふみ鳴らして吠えるじいさん
きょろきょろしている司会者さん
みんなの頭上を飛びまわってる天使たち
外から窓を覗き込んでる龍神さん
近くの家でいきなり笑い始める赤ちゃん
遠くの国で授業のさなかに歌いだしちゃう中学生
子たちの未来はどうにかなるのか
どうにもできないお手上げなのか
相変わらず よく わからないまま
歌とも呼べない歌がひびいて
地球のあちこち会議の席にこだまして
今日も我が家の赤ちゃんは
走って転んでややあってから
うわあああああと泣きだすのだった
夜更けの祭り
1
泣く子の声で夜更けに目覚めて
そのまま眠れないときは
小さい頃から今までの
いろんな景色を想いだす
出会って笑いむつみあい
輝くときを過ごした仲間
かけがえのない人たちがいて
美しい祭りみたいな日々だった
2
想いだすのはそれだけではない
美しいだけの日々ではなかった
この世ではいつも誰かが傷つく
雨に降られてあやまちもおかす
つぶさにかえりみるうちに
こころがうずくこともある
おしのけたことはなかったか
たよりすがってくるひとを
おしつけたことはなかったか
ただしくてきれいな重荷を
おしのけられて おしつけられて
我が身はどんなだっただろ
おいうちをかけていなかったか
よわってたおれそうな相手に
おいうちをかけられたとき
我が身はどんなだっただろ
あのときはそれで仕方なかった
責めなくていいよ誰かも自分も
3
儀式みたいな夜更けの祭り
たったひとりの祭りが始まる
心のうちで身ずからをゆるす
息をととのえて笑ってみる
晴れやかな合言葉たちを呼び招く
たのしくて澄んだ心地を招く
かつて親しくこころを交わした
ひとりひとりを想いだしては
こころのうちで手を取りあう
こころのうちで語りかける
すまなかったなあ
ありがとう
星空のもと
庭さきに立って
吹く風を味わいながら
想いをそえる
よろめきながら
寝しずまってる子たちのかたわら
寝床をぬけだし
おうちをぬけだし
うっすら曇った星空のもと
田んぼのあいだの暗い夜道を
ひとりでゆっくり歩いていく
天界の音色みたいな
虫たちの声に包まれて
ひと足ずつをかさねていく
夜道で気づいて
いたたまれない気持ちになった
いつからだろう
まっすぐに歩けなくなっていた
ゆっくり歩くとよろめいてしまう
立ち直ろうと
生きるチカラを立て直そうと
ひそかにこころを励まし続けて
こちらへ向かえば立ち直れそうな
道もおぼろに見つかったいま
なんてことだろ
いまの自分は
あらためてこんなことから
出直しだった
ひと足ひと足
ぐらつきながら
よろめきながら
夜道をゆっくり歩んでいくと
常夜灯に照らされた
しいんと静かな畑がある
この山里で真っ直ぐに
連れ添ってきたおふたりが
ながい年月
こころを添えてきた畑
ちかごろはよろめくように
ゆっくり歩くようになった
おじいさんが
よく手入れして
真っ直ぐに整えたウネ
里芋の立派な葉たち
立ち止まって眺めながら
果てしない心地で思うのだ
我が家の畑は
この山里の
おじいさんたち
おばあさんたちが
こころを添えてきた畑は
これからどこへいくんだろう
家族の食卓を想いながら
食べ物を育てる営みは
これからどこへいくんだろう
まだまだまっすぐ
歩けるはずだ
まだまだ立ち直れるはずだ
自分たちみんなの心を
はげましながら
いのる心地で
ひと足ひと足すすんでいく
大昔の人たちもきっと
よろめく我が身を
ひとりでゆっくり
味わいながら
出直す夜が必要だった
例えばこんな秋口の
うっすら曇った星空のもと
すがお
ひとまえで
にこやかなひと
げんきにあふれているひとも
ひとりのときは
どうしようもなく つらいじぶんを
なみだしながら はげましたり
くずれてつぶれそうなじぶんと
ほかのだれかを
がんばって ささえていたり
みんなが すがおをもっている
だれもしらない すがおがある
どんなひとにも
やさしくしようとおもうんだ
たとえこころのうちであっても
とがめたり けなしたり
ひとをそこなっちゃだめなんだ
たましいのすがおをみたら
そだちざかりのあかちゃんで
おなかをすかせて
なきじゃくってるときもある
あたたかいむねにだかれて
あやしてもらいたいときもある
にこやかな あいてのすがお
たましいのすがおをおもいえがたら
つめたいみずたまりのなかで
うつぶせに たおれふしていて
ワケあって たすけもよべずに
ぐったりしているたましいを
たすけおこせるかもしれない
ちからをそえよう
なにかをおくろう
いますぐおくれるものがなければ
みえないもので だいじょうぶ
こころのうちで なにかをおくろう
みえないチカラをそっとそえよう
炊きかけ
パパはいま
どうにか育って
刈り取られ(痛かった)
日に干され(熱かった)
カラカラになって
脱穀されて(剥き身にされて怖かった)
反米でもなく(思想はない)
親米でもなく(国家じゃない)
玄米のまま
ぐつぐつ煮られて
熱さのあまりいったん死んだ
死んでいるから
もう大丈夫
あとちょっと待ったらパパは
炊きあがるはず
ふっくらとした
おいしいご飯になれるだろうか
きみたちに
おいしく食べてもらえるだろうか
苗床から
お鍋のなかにいたるまで
あまりにここまで
あわただしくて
めまぐるしくて
いったい何が起きているのか
よくわからないまま
せめておいしく
召し上がってね
いのちのチカラを育ててね
そんなかすかな願いのほかは
いまのパパ
心まるごと心もとない
炊きかけの飯
もういちど
もういちど
みたいけしきが
とおくにあって
もういちど
あのまちかどへ
たずねてみたい
あのひとが
とおくのくにで
いきていて
たのしみなんだ
どこへでも
とんでいける日が
からだにはもう
さようならして
だいじょうぶ
とうめいな
たましいとなって
おもいのままに
なつかしい
けしきをたずね
ともをたずねる
ああきたねって
きっとみんなが
きづいてくれる
これからはもう
おさけをのんで
わらいかわしたり
だきあって
なみだながしたり
できないとしても
手と手
お母さんたちが会議をしている
子たちの食べ物
子たちの学び舎
お互いの子たちについて
みんなの子たちの暮らしについて
会議だなんて不慣れなままに
この山里で話し合うことがいっぱいある
あるお母さんは
大きな街で混雑のなか
我が子の手をとり走って逃げた
逃げながらふと氣づいたら
知らない子の手を引いていた
見知らぬその子は涙ぐんでた
しばらく周りを見まわしたあと
ためらうことなく
お母さんはまた走りはじめた
手をふりほどいたりしなかった
いっそうつよく
手と手を握りあっていた
遠くのほうで爆音はまだ続いてた
我が子のゆくえはわからなかった
お母さんたちが集まって
子たちにまつわる会議をしている
うちの子だけの話ではない
みんなの子たちの暮らしについて
子たちのからだ
子たちのいのち
どうにかできる未来について
素晴らしい朝
素晴らしい秋の朝はやく
旅先のお山のなかで
居心地のいい和室の小屋に
家族みんなで泊まってる
入道雲の夏は終わった
風は涼しく
朝日はまぶしく美しい
緑の木々に囲まれて
辺りの眺めは素晴らしい
そしてここにはひとり目覚めて
たすけてくれと
叫びだしそうな自分がいる
誰でもいいから
たすけてくれってわけじゃない
叫びだしそうなこのこころを
こころあるひと
こころあるひと どなたかが
どうにか鎮めてくれないか
いやいや自分は
ちいさな子たちをたすける側だ
パパだから
そのくらいのことは知っている
ほかの誰かを
あてにはできない
自分でどうにかするほかない
どうにかできる自分はといえば
いま息苦しくて心臓が痛い
右目がかすんでよく見えない
左の耳はとおくなっている
カラダのあちこちガタガタいってる
たすけてくれ
このわしの身ひとつでなく
わしらみんなをたすけてくれ
いつもの朝だ
こんなところから始まって
逆立ちをして息をととのえ
少しずつ気を取り直していく
いつもの朝だ
たすけを求めている人みんな
どうにかなる
きっといつかは救われる
少しずつそんなこころに
なっていくいつも朝だ
居心地のいい小屋で
家族みんなと過ごしていられる
あめつちは
こんなにも美しくて
風は涼しく
朝日はまぶしく
緑の木々に囲まれて
辺りの眺めは素晴らしい
少しずつ気を取り直して
身ずから こころをととのえて
こころを鎮め
いま目のまえの
この現実を
素直に受け容れられるようになる
うんだいじょうぶ
自分が
誰かが
人間が
なんとかできなかったとしても
だいじょうぶ
このあめつちは
ひとのいのちは
だいじょうぶ
こんな美しい朝さえも
かき消すことのできなかった
こころの叫びを
鎮めることができるんだ
何があっても
素晴らしい朝を
味わうことはできるんだ
あの頃のお母さん
1
朝早くからお母さんがせわしなく
何かにイラつきながら動いている
目尻が少し吊りあがっていて怖い
声がきつくて甲高いのが耳に痛い
たまに猫なで声になるのがこそばゆい
そんなお母さんはこれからすぐに
自分を家に置いたままどこかへ去っていく
赤ん坊だった頃ちいさかった頃に我が家で
日ごと朝ごと繰り返されていた心の風景だ
去っていったお母さん
僕はとっても さみしかった
せつなかった
ここにいて欲しかった
やさしいお母さんのおっぱいが欲しかった
こころにやすらぎが欲しかった
イラついているお母さんは
化け物みたいで怖かったけど
置き去りにされたくなかった
死にそうな心地だった
からだがこわれた
万病の巣になった
うまく息をできなくなった
食べ物を消化できなくなった
痩せ細った
背丈が伸びなくなった
病院で寝たきりになった
何も食べさせてもらえなかった
ずっと腕に小さな針を刺されたまま
点滴注射で栄養を注がれていた
お母さんは忙しくて
病院へ来られなかった
空腹でさみしくて僕は死にそうだった
2
このところ朝ごとに
パパが襲われている謎のパニック
心臓が止まりそうになる
恐怖に打ちひしがれ
うまく息をできなくなる
一秒でも早くどうにか
回復するしかないこのパニックが
どこから生まれてきたのかってこと
ようやくはっきりしてきたんだな
朝早く
うちのママさんが
どこかへ出かけようとして
ちょっとせわしなく動いている
ちょっと何かにイラついている
それだけで
パパは死にそうな心地で
パニックを起こしてしまうんだ
うまく息ができない
頭がぼうっとする
言葉がつかえて出てこない
言われていることもわからない
さみしくてこわい
いてもたってもいられない
子たちのお母さんが
自分のそばにいてほしい
まさかこんな思いをするなんて
五十年あまりまえの小さな子に逆戻りだ
わしは親鳥になったというのに
こんなにもヒナ鳥の頃をひきずっていたのか
ひとりで過ごせる子供になって
ひとりで平気な子供になって
ひとりを愉しめる大人になって
女性にふりまわされないように
心を涼しく穏やかにして
割り切ることができる大人になって
積み上げて積み重ねてきた
キャリアらしきもの全てひらたく
つぶれてしまって出直しだ
あらためて生きた心地のしていない
三つ子のたましいから出直しだ
3
ひな鳥みたいに素直な声で
泣き叫ぶこともできないまま
朝になるとパニックを起こす
大人なのにパニックを起こす
そんなおそろしい月日を過ごして
ようやく自分は変わり始めた
あの頃はできなかったのだ
お母さんの立場になって
お母さんの気持ちを味わう
そんなこと思いもよらない赤ん坊だった
小さかったあの頃はただ
母親の感じていることも
みんな自分の感情として
受け身に味わっているだけだった
それっきりあの頃の自分にはフタをして
保育園へ通い
小学校へ通い
あの点滴注射はなかったことにして
あのさみしさはなかったことにして
重感情がいきなり噴出しないよう
フタが決して開かないよう
能力や教養やらの重しを
フタの上にせっせと積み上げてきたのだった
4
今はわかるよお母さん
あの頃お母さんがどれくらい
心もとなくさみしかったか
大好きな恋人は
赤ん坊を残して遠くの国へ行ってしまった
結婚してすぐ貧しいままに
女手ひとつで子たちを養うほかなくて
ようやく遠くの国から帰ってきた恋人は
遠くの街へひとり働きに行ってしまった
お家に子たちと取り残されて
どんなにさみしかっただろう
張ったおっぱいを吸ってもらえないまま
朝ごとに子たちと別れて
職場へ急ぐ
顕微鏡を覗く
ピンセットで時計の歯車を組み立てる
子たちを養おうとして
朝ごとに子たちと別れて
働き続けていたお母さん
職場で眠くならないように
朝ごとにインスタント・コーヒーを飲んで
駈けだしていくお母さん
朝ごとにどんな気持ちだったんだろう
ごめんね僕はあの頃から
パニックを起こしてこわれそうな
自分のことしか考えられなかった
お母さんの想いなんて
まったく気にもかけないまま
ただひとりで受け身におびえていた
朝のせわしないお母さんがイヤで
朝ごとにお母さんと別れるのが辛くて
お母さんを嫌いになろうとさえした
今はちがうよ
自分の感情の外へ出られる
身ずから想い描いて
お母さんの気持ちにもなれる
お母さんだってあの頃
ほかにどうにもできなかったんだ
5
こころがパニックを起こすたび
お母さんとお父さんへ
語りかけるようになってきた
ふたりの子が産まれて
喜びにあふれていただけじゃない
ふたりともさみしさに耐えて
せつない気持ちに耐えて
この自分を想って働いてくれたんだ
ありあまる想いを抱えて
時には死にそうな想いを抱えて
いのちを尽くして
この自分を育ててくれたんだ
お母さん
あの頃は大変だったんだね
ありがとう
報われたよね
いつも穏やかな
笑顔のお母さんになれたんだものね
あの頃を踏まえて
安らかな気持ちになれたんだね
あの頃から散るまでに
たくさんの夢を叶えたね
素晴らしい人生だったよね
あの頃のお母さんの想いは
すべて報われたんだよね
6
あの頃のわしはどうにもできなかった
イラついて声がきつくなっているお母さん
ピリピリして目尻の吊り上がったお母さん
あの頃のお母さんをどうにもできなかった
ただ受け身にパニックを起こして
どうにもできずに病んでいる自分がいた
そんな自分をいま繰り返しても仕方ない
いまだったらなんとかできる
いまだからこそなんとかできる
あの頃のお母さんに
心のうちで語りかけられる
名病みを聞いたり
励ましたりもできる
我が子たちのお母さんにも
今ならチカラを添えられる
子たちのお母さんがもっともっと
安らいだ目で 穏やかな声で
朝の時間を過ごせるように
こちらからお手伝いできる
いま目のまえの生きたお母さんが
ゆとりを持って動けるように
パニクっていてもお手伝いできる
身ずからチカラを添えられるのだ
わしは赤ちゃんじゃないんだよ
何かしてほしいことはある?
何か手伝えることはある?
頼んでくれたらなんでもできるよ
ほら子たちのパパはお家にいる
ちょっとウザい日があったとしても
さみしい思いはしないで済むよ
たまにパニックでうろうろしたり
心強いかはわからないけれど
心細くは思わないで済む
ほら朝から僕たちふたりで
チカラ合わせて参りましょう
そんなふうに新しい朝
話しかけるのだ
あの頃の父親に化身して
時空を越えるようにして
こころのなかで
あの頃のお母さんに
話しかけるのだ
相変わらずほんの少しばかりは
さみしくて
胸が痛くて
どもったりしながら
にっこりしてもらえるように
こちらもにっこり
話しかけるのだ
お母さん
だいじょうぶだよ
お母さん
ありがとう
おわかれ
みなそれぞれに
手を振りながら
車で家から去っていく
妻と子たちを見送って
家の門口で
こちらも両手を振りながら
ふと気づいたら
みんなを乗せた我が家の車も
一緒にこちらへ
手を振っているではないか
日ごと大切にしてきた食器
大切に聴き続けてきたあの楽曲
かけがえのない家族のみんな
いつかこうして
最後に別れる日が来るのかと
よく見たら
車の窓のワイパーが
左右に動いているのであった
(草ぼうぼうの古い土地から
新しい時代へ向かって子たちが
帰るあてなく船出する
住み慣れた村の断崖から
親たちは祈りながら
子たちを見送り手をふっている)
さようなら
みんながこちらへ手を振っている
ワイパーさんまで手を振っている
さようなら
今日も元気で愉しんできてね
(運転手さん)気をつけて
バイバイ バイバイ
またすぐ会おうね
留守宅
大好きな彼岸花が庭さきに赤く咲き始めたころ
家族みんなで車に乗ってとおく北国へ旅に出た
お彼岸にはみんなで御祖さまのお墓を洗った
この日あやうく家族みんなが事故にあうところ
御祖さまが気を利かせて救けてくれたらしい
花をたむけて子たちも祈った
たなこころを合わせて祈った
車のなかでも祈った
お風呂場でも祈った
旅先ではいつも祈っていた
目のまえにいる人たちの
これまでは見えなかったところが見えてきた
目には見えない人たちに
こころのうちで語りかけていてようやく
見えてくるようなことばかりだった
お家の庭へ帰ってきたらもう彼岸花は散っていた
大風の後で我が家は空き家そのものだった
こぼれ種で芽生えたかぼちゃが大きな葉たちを
玄関の戸口まで伸ばしてはびこっていた
庭先にはコスモスの花が咲きあふれていた
こうして草木が人知れず
それぞれの持ち場に根を張って
チカラを尽くし祈るかたわら
人はどこでもその場で祈れる
どこへでも祈りの種をお届けできる
しばらく空き家になっていた我が家の戸をあけると
家いっぱいにみちていたチカラがあふれだしてきた
旅先でいくたび我が家を想いだしていたことか
家族みんなが留守にしていたあいだにも
見えないチカラがたしかに内部を護っていた
遺言
明け方のまだ暗いころ
朝焼けに雲がうっすら染まりそめたころ
宙空ではじけるように
二羽の小鳥が踊っていた
我が家の畑の上だけを
いつまでも休むことなく飛び続けていた
求愛のダンスだろうか
それとも恋は成就して
歓喜のダンスを舞っているのか
私はこころを引きしめて
かつての恋など想いださないようにした
二羽のすがたを目で追いながら
ふいに不思議な想いが生まれた
いまもしも自分が遺言をしたためるなら
この二羽の小鳥のことだけ書くんじゃないか?
家族のみんなへ
すくなくとも たましいだけは
いつでも恋する小鳥みたいに
たわむれ踊って
大好きな相手と空を飛んでいようね
遺言おわり
書斎へ入ってここまで記して
また小鳥たちを目にしたくなって庭へでた
椅子に座ってしばらくのあいだ
宙空でたわむれ踊る二羽をながめた
たましいみたいだ
美しいなあ
もうこれでよしと
晩年みたいなこころでながめた
どうしてか二羽は我が家の
畑の敷地の上空でだけ
羽はためかせ踊りつづけて
その外へ出ていこうとはしないのだった
十五夜
年にひとたび今年も子たちと
ベランダに毛布を運んで
雲のあいまの月見をたのしむ
穏やかに賑わうこころで
幸せな時をすごして
子たちは寝入った
夜更けに目覚めて
ひとりふたたびベランダに座る
やさしいひかり
やすらかなひかり
小さな頃におばあちゃんと
ながめたひかりとおなじひかりだ
おびえるこころも
とがめるこころも
つきはこうして照らしてくれた
カシオペア座と満月とを
かわるがわるに眺めながら
大切なひと
ひとりひとりを
こころしずかに想いおこした
隣のポエジア
どこへでも行ける
どこでもドアで
どこへ行きたい?
そう訊ねたら
奥の部屋から
娘はぶあつい絵本を一冊もってきた
この本のなかへ行くんだよ
パパとママと
みんなで一緒に
橋
この日
娘は
生まれて初めて
ふるさとの、この、橋を渡った。
これまでに何百回も車で渡った、この橋を
初めて
歩いて
つぶさに渡った、
もうすぐ二歳の弟と、実の父親と。
だっていま現に渡ってるんだよ、
かぎりなく
遠くの世界へ伸びてゆく
この一本の
宙吊りな道。
この世の果てる
端からさらに人びとが
あてどない方へ伸ばすことにした
夢の橋。
このはしを
このよのはしを
ちいさな我が子が
もっとちいさな弟を、おぶって、渡っているんだよ。
だって娘さん年頃ですし
前世のことを想い出したり
わけもなく燃え尽きちゃって
たんなる灰になったりしません?
ねえ、父さん。
本人は、向こうへ行きます。
さよなら、バイバイ、
果ての、彼方の、
これまでとまったく別の
よくわからない
ほどよくこわくて
たましいの血が騒いじゃう
彼方の、果ての、
向こうへひと足、踏み出します。
そしてたしかに渡ったんです、
灰になったまま。
にじいろに輝いてみえていた
橋の向こうへ
さらに遠くへ、遠くの方へ。
連作詩 『パパさまよった』 いったん終り
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