それはまるで、熱々のプリンのように
また作ってしまった。
朝ごはんに、フレンチトースト。
このごろ「クレイマー、クレイマー」という映画(すごく簡潔にいうと、不器用な父と幼い息子の絆が結ばれていく場面で、フレンチトーストが重要な役割を果たす映画)に感化されて、無性にフレンチトーストを食べたい気持ちになっていたのだ。
そして昨日、朝食につくって食べてみると、あまりのおいしさに強烈に感動し、今日もまた同じ感動を味わいたい、と思ったのだった。
とはいえ、2日も連続で作ったら、流石に昨日ほどの感動はできないのではないだろうか。
まだうす暗い台所に半ば立ち尽くし、しばらくぼんやりと皿の棚を眺めながら考えていたが、ふとお腹に機嫌を伺ってみることにした。するとすでに胃は両手を広げてフレンチトーストだけを待ち構えていることに気づき、やはり作ることにした。
卵をひとつとり出し、深皿にわり入れ、音を立てないように慎重に、泡立て器が極力皿の底に当たらないように気をつけながら卵を溶いた。
というのも、朝はまだ6時半。じぶん以外の家族はまた寝ていて、起こしたくなかったからだ。特に私が台所に立つ度に騒がしい母に関しては、起きてくると、「もうっ、朝からガチャガチャして!」と毎回叱られ、厄介なことになることは、それはもうありありと目に見えているのだ。
フレンチトーストのおいしさと静かにじっくりと向き合いながら食べたいと思っていたので、それは避けたかった。
計量カップを目の端に捉えていたものの、映画の真似をして、あえてマグカップ に牛乳を波々とそそいで卵に入れた。そこに塩をひとつまみと、バニラオイルの小瓶をを2回程振る。砂糖を液に入れないのも、映画に忠実につくるためだ。
そこに食パンを入れる。確か、昨日フレンチトーストを作る時に、2枚残していたはずだ。
そう思いながら冷蔵庫の扉を開き、呆然とした。パンを入れていたはずの袋には、食パンが1枚しかなく、おそらく母が、妹に昼ごはんにあげてしまったのだろう。ーそれか、忘れっぽい自分の記憶が間違えていたかだ。
いずれにせよ、パンは足りないことに変わりはない。しかも、8枚切りのうすいパンだったので、それがたった1まいでは、とうてい卵液を使いきれないことがもうわかりきっていた。
近くにパン をかいに行こうかーそんな考えもすこし頭によぎったものの、あと1まいのパンを買うためにわざわざ外に出る支度をするきにはなれず、また家族が寝ている寝室は玄関の近くにあったため、憚られた。
小さくため息をつきつつ、のこった液はあとでプリンか卵を足してたまご焼きにすることにして、とりあえず作業をすすめることにした。
なるべくちいさく切ったパンーちいさいほど、大好きなカリカリに焼ける表面積がふえるーを、卵液の中にひたしていく。
パンは中々ひたってくれず、何度も卵液から浮き上がってくるのに若干のいらだちを感じている自分に気づき、今月23歳にもなるのにこんなことで苛立つなんて、と自分に少し呆れながら、徐々に器の中で液がパンに染み込んでいく様子をぼんやりと見つめていた。
もうこれ以上は無理だよ、、というパンの嘆きの声が聞こえてきそうなほどに卵液がすっかりとしみ込んだ頃、オリーヴオイルをたっぷりとひいたフライパンー朝からバターで焼く料理があまり食べる気持ちではなかったーに火をつけ、そこに卵液を身体中にすい込み今にも崩れそうなほどにやわらかくなったパンをそっと横たえた。
少しして、さっそくジュワジュワと音がしてくると、卵液の焦げる、あまく香ばしい匂いが立ちのぼり、途端に気持ちがあかるくなるのを感じた。おもえば、先ほどの苛立ちは、空腹から来ていたものでもあった。どうやら、心と胃袋は直結しているらしい。(単純)
ちいさな皿を棚から出し、大きなガラス瓶から黄金色に透き通る蜂蜜を匙でたっぷりとすくって、皿の上に落とした。
フライパンの端で焼いていたフレンチトーストは、もうすっかり火が通り、きつねいろを通り越して少し焼きすぎ位の色になっていた。
どれどれひとつお味見と、やきたてのアツアツを先ほどの蜂蜜の小皿にうけとり、蜂蜜 を纏い表面がテラテラと光るそれを、やけどをしてしまわないように、慎重に口に運んだ。
まず、オリーブオイルで香ばしくカリカリに焼けた表面にサクリと歯が当たると、中身は柔らかすぎるほどにプルプル、とろとろになっていて、それはちょうど、出来立て熱々のプリンを食べているようだった。
火傷しそうに熱いそれはとても美味しく、私はその一口でお皿にきちんと盛り付けるのを諦め、そのまま台所に立ち、こんがり焼けた端から新鮮なそのフレンチトーストを食べることにした。
フレンチトーストを考えてくれた人、ありがとうございます、と心の中で呟きつつ、食べ終わる頃には、たっぷりの卵液に浸されたパンのように私もまた、たっぷりの幸福に足のつま先まですっかり浸りきっているのを感じた。
ごちそうさまをしてから、既に頭は次は6枚切りのパンを買わなくては、ということを考えていた。
きっとまた、明日も今日の口福を思い出し、フレンチトーストを作ることになるのだろう。
みなさんの朝食にも、幸あれ。
↑このフレンチトーストのいいところは、砂糖が液に入っておらず、塩気をきかせているため、甘さひかえめで食べ飽きることがなく、ハチミツのあまさが際立つところだ。