ミッドライフ(ミドルエイジ)クライシス:『どう生きるか つらかったときの話をしよう』
「ミッドライフ・クライシス」あるいは「ミドルエイジ・クライシス」という言葉があります。
40代〜50代に感じる、精神的な危機のことを指します。
このミッドライフ・クライシスは、誰にでも起こりえます。
野口聡一さんは、3度も宇宙に飛び立った宇宙飛行士です。
野口さんは、2回目のフライトの後、気持ちが落ち込み、常にふさぎ込んでいたそうです。
その時の様子と、どのように回復されたのかを書かれた本が『どう生きるか つらかったときの話をしよう』です。
野口さんは、燃え尽き症候群(バーン・アウト)と呼ばれる状態となっていました。
野口さんの身に起きたことは、ミッドライフ・クライシスとは必ずしも一致しないかもしれません。
しかしながら、この書籍のなかではミッドライフ・クライシスに近いものについても触れています。
野口さんのように輝かしい実績を残された方でも、そのような状態になるのかと疑問に思われると思います。
野口さんの場合、「宇宙でのミッション達成」という重大なプレッシャーから開放されたあと、「これからの自分はどこに向かっていけばいいのか」という方向感の喪失が起こりました。
それに加え、野口さんの打ち立てた記録が、後輩の宇宙飛行士たちに更新されていきます。
その中で「自分はもう必要がない」「自分には価値がない」と考えるようになったそうです。
いかに実績があっても、なにか必死になって打ち込んだものから強制的にでも解放されたときに、「自分の価値」と「今後の自分」について考えなければならなくなります。
そのような構造であるからこそ、バーン・アウトやミッドライフ・クライシスは、誰にも身にでも起こり得ることだと言えます。
ミッドライフ・クライシスについては、中田敦彦さんも語っています。
夢を叶えても、夢を諦めても、それは訪れるものだと。
『どう生きるか つらかったときの話をしよう』の中から、ミッドライフ・クライシスに向き合うためのヒントがいくつもありました。
その中から、数点ピックアップしてご紹介します。
自分の価値・存在意義の喪失
「自分の価値」や「自分の存在意義」がわからなくなってしまうことは誰でも起こりえます。
これは、他者の評価を、自分の必要性・価値・存在意義、あるいはアイデンティティと捉えてしまうことから生じます。
アイデンティティ
アイデンティティは「自己同一性」と訳され、以下のような意味を持ちます。
「自分が自分である」と自覚し、連続性のある自己認識を持つこと
ほかとはっきりと区別される、一人の人間の個性
自分が独自性を持った、ほかならぬ自分であるという確信
自分は何者か、自分が自分であることの核心は何かという自己定義
アイデンティティは、自己認識や自己定義です。
そのアイデンティティを、他者から与えられた役割に基づいて設定する場合が往々にしてあります。
例えば…
○○大学卒業
株式会社○○に所属
○○部署で○長をしている
既婚、○人の子供の親
などです。
関係性の変化による喪失感
人間は社会関係の中で生きるため、自己認識や自己定義は、当然ながら、このような表現になります。
しかし、これらの状況(特に仕事に関する状況)は、変わりやすく、失われなやすいものです。
また、関係性の中で生きる私達は、他者が決めた目標をこなすことで、他者からの評価を獲得し、自分の居場所を確保し、存在意義を得ようとします。
この他者による目標や評価も、変わりやすく、失われやすいものです。
そして、実際に評価や目標や関係性が失われたときに、自己認識のベースが失われ、「自分の価値」や「自分の存在意義」に対する喪失感を抱くことになります。
喪失のトリガー
会社組織で頑張ってきた人は、どこかで必ず、会社との関係をリセットするタイミングがきます。
代表例は、転属や左遷、定年退職などです。
例えば、なにかをきっかけにポジションを失い、さらにそのポジションの別の誰かが座る。
定年退職の際に、今まで使っていたメールアドレスは使えなくなり、会社名や役職名が入っていた名刺は廃棄される。
今まで慕ってくれていた(と思っていた)人たちは、自分のところには会いに来てくれない。
そのようなときに、アイデンティティを失うというケースが多いようです。
組織の中で活躍していた人ほど、この傾向は顕著になります。
このように、関係性をベースにアイデンティティを築いていると、関係性が失われるとアイデンティティも喪失してしまいます。
このような喪失を回避するには、関係性の依存しない、自分の中にあるものでアイデンティティを構築しなおす必要があります。
アイデンティティを自分で築く
野口さんが語る、アイデンティティの核を見つける手がかりは、以下の3点です。
自分は何が好きか
自分には何ができるか
自分は何を大事にしているか
そして、自分で自分のアイデンティティを築くステップは、以下の3点です。
1. 「自分の価値と存在意義」を自分で決める
2. 自分の棚卸しをし、最後に残るものを見極める
3. これまでの選択、人生に意味づけをする
「自分の価値と存在意義」を自分で決める
私達は、子供のころからずっと他人によって評価されてきました。
テストでいい点を取れば、褒められる。
スポーツの勝負に勝てば、絶賛される。
この体験の積み重ねにより、他者からの高い評価を求めるということに、否応なしに方向づけられます。
また、他者から期待された役割に応じた振る舞いをしようとします。
野口さんは「世間が求める宇宙飛行士像」というものを演じていた部分がどうしても合ったそうです。
「宇宙に行ったら価値観は変わりましたか?」と問われますが、そこで求められることは野口さんの正直な答えではなく、「世間が求める宇宙飛行士像」の答えです。
ただ、野口さんはプレッシャーという重しが取れたあと、他者から与えられた評価が消え去り、10年を経たあとに以下のように実感したそうです。
「他者からの評価を完全に無視した方がいい」という話ではなく、「自分で自分自身を決めていい」という認知を持つことが大事というお話です。
自分の棚卸しをし、最後に残るを見極める
人間関係がリセットされることで、関係性によって作られてきたものがどんどんと失われます。
その失われた中で、最後に残るものがあります。
どん底の中で、弱っているときにこそ、自分が本当に大事にしているものや、やりたいことが浮き上がってきます。
これは、うまくいっているときには気が付きません。
うまくいってるときは、社会関係の中で、様々なものが足し算されていきます。
そうなると、最後に残るものは見えてきません。
引き算して引き算して、最後にのこったものが「自分は何がすきか」「自分には何ができるか」「自分は何を大事にしているか」です。
これまでの選択、人生に意味づけをする
自分が今まで体験してきたことは、自分だけのもので、唯一無二のものです。
試行錯誤して頑張ってきて、本気で取り組んできたものがあったはずです。
それは結果に関わらず、楽しかったり、学びになったりしたものがあるはずです。
考え抜いた経験があったはずです。
これらの経験は、誰にも奪われない、失うことがない確かな経験です。
他人が、いかに自分の体験を「ふーん」と言おうが、「自分はもっとこうしてきた」のようにマウントを取りにこようが、「そんなこと意味ない」と腐してこようが、関係ありません。
「うるせぇ」って感じです。
「うるせぇ」って感じです。(こちらの動画の40分40秒)
これらのステップを通して自己に向き合ったときに、アイデンティティを自分で築くことができるようになっていきます。
…というお話が、『どう生きるか つらかったときの話をしよう』の前半部でされます。
野口さんは、自分の人生の意味づけにおいて、「社会的価値」という目線が重要と書いてらっしゃいます。
「社会的価値」の目線というと、他者からの評価を気にするようで、今までの話と矛盾するように感じるかもしれません。
他者から「社会的価値を出すべき」と言われて、それに従うという意味ではありません。
「これは次世代のためになるという確信が自分にはある」という、自分の判断が重要というニュアンスだと思っています。
一旦、「他人からの評価」という価値の世界観から離れ、そのうえで自分の中に残ったものを見極める。
そのうえで今度は「自分にとって大事なもの」をベースに、再度、社会とつながるということが重要に思えます。
そして、恐らく、そのような視点で社会と接続している人は、ミッドライフ・クライシスを楽々と乗り越えられると思います。
私が活動しているコミュニティ「SWC」には、そのような方がいらっしゃいます。
30代後半、40代の方々も、多数活躍されています。
クリエイティブを中心としたコミュニティでは、社会関係が完全にリセットされた状態で、クリエイティブを通して社会と向き合います。
自分がコミュニティとどのように関わっていくのかを、自分で決めます。
その経験が出来る場を探して参加するということも、アイデンティティを自分で築くことのきっかけになると思います。