書く理由

どうして書いているのだろう。
もちろん書きたいから書いているのだけど、そもそもなぜ書きたいと思ったのだろう。

私にとって書くことは手紙やプレゼントと同じで、具体的な宛先のあるとても個人的なものがほとんどだ。
書く動機は「返事」「お礼」などのお返しであることが多い。

だったらわざわざこんな所に書かずに直接伝えればいいじゃないかと思うのだけど、それでは伝わらない何かを乗せるためにはこうするしかないのだ。
                      

もし、言葉の通じない異国の地で現地の人にとても親切にしてもらってとんでもなく深く感激して、その気持ちとお礼を伝えたいと思ったら色々考えると思う。

そして私はきっとその国の言葉で手紙を書く。
たぶん、その人が見たら書かれた文字は美しいバランスではないし、文法や選ぶ単語も間違っていたりでとても拙い文章なんだと思う。

それでも現地の人が使う同じ言語で伝えたい。
文章は上手くなくても、文字が下手でも、できるだけその人の近くまで歩み寄ってなるべく純度が高いままで気持ちを届けたいからだ。

書く内容よりも、その国の言葉をわざわざ調べて書きたいと思う程に私は心を動かされたのだ、というのが一番伝えたいことだからだ。

                       
相手の使う言語と同じ言語で返したい。
「言語」は言葉とは限らない。
その人の使う「言語」は音楽や絵画かも知れないし、職人技の工芸品や知識や技術や、優しさや受け入れる懐の深さかも知れない。

その人が並々ならぬ思いで築き上げた何かに触れ、私の中に変化が起きた感動をその人に伝えたくなった時、単なる日常の言葉だけでは言葉足らずに感じてしまう。

だから、その人の「言語」に匹敵する私の「言語」に翻訳して伝えたい。
私にとってそれが書く事なのだ。

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