【国際結婚の日常感覚】『ルポ 入管――絶望の外国人収容施設』

移住労働者権利条約と
個人通報制度の批准へ向けて

『ルポ 入管――絶望の外国人収容施設』
平野雄吾=著
ちくま新書 1034円
ISBN 978-4-480-07346-4

 国連による九つの主要な人権条約(中核的人権条約)のうち、日本は8条約まで批准・加入している。残るひとつは何か。すべての移住労働者とその家族の権利の保護に関する国際条約(移住労働者権利条約、1990年採択)だ。

 採択を知った1990年代初め、「私たち」は感動した。「私たち」とは、1980年代から激増したニューカマー外国人と日本人のカップルでつくっていた互助的グループで、類似の団体が各地にあった。

 外国人配偶者はみな、オーバーステイなどの入管法違反によって退去強制を迫られていた。それに対して在留特別許可(在特)を求めて闘うのはむろん、ゆくゆくは在特を退去強制手続の「例外」から「原則」へ制度転換させたい、そのための前例を蓄積させたいという思いもあった。

 日本人の配偶者でない外国人はどうでもいいという意味ではない。日本は、国籍法に象徴されるように「血統主義」の国だからである。権利の付与や認定に「日本人との血縁的紐帯」を重視する国だけに、日本人の配偶者である外国人の権利すら覚束ないなら、外国人一般のそれは、なおさら脆弱になるだろう。
 いまにしてみればナイーブ過ぎたとは思うが、入管との攻防から、国側の思考様式というものを、そのように理解していたのである。

 「不法滞在者」であろうと、認められるべき権利はたくさんあるという移住労働者権利条約は曙光だった。家族の紐帯を強調する同条約に照らせば、日本人の配偶者である外国人が退去強制されるなど、あってはならないのだと。
 先駆的な概説書として『国連・移住労働者権利条約と日本』(金東勲編著 解放出版社 1992年)がある。この1冊のみでも、技能実習制度ほか、こんにち指摘される人権問題の論点が、とうの昔に整理されていたことがわかるはずだ。当時と違うのは悪化する一方の日本経済で、外国人を都合よく扱う手口がより悪質になっているだけである。

 『ルポ 入管』は、そういう実情に肉薄しようとする。ただ、著者が1981年生まれのせいか、肝心の1980年代から1990年代の叙述が弱い。移住労働者権利条約や、現在への礎石でもある入管制度の大変革(注)に言及がないとか、行政裁量が著しい入管の所見を鵜呑みにしそうな危うさもある。

 とはいえ、類書のなかでは目配りされているほうだろう。
 一例が、人権条約に付随する「個人通報制度」の批准を外務省に質している部分だ。人権侵害を受けた個人が直接、条約の委員会に申し立てることができる制度だが、条約とは別に批准する必要がある。

 「私たち」が感激したのは個人通報制度があることも大きく、両者の批准、そのためにも肝要な外国人参政権などを求めてきた。この10年、レイシズムの批判者は増えてきたように見えても、こうした制度改革への意識が皆無なのは不思議である。
 本書も警戒しているが、今国会(2021年通常国会)の陰でも、長期収容を批判する国連の意見書に、真っ向から逆らうような入管法改定案が蠢いているのだが。

注 『週刊金曜日』2012年7月13日号(903号)特集「コールドジャパン 外国人にとって日本は暮らしやすい国か」所収・境分万純名義:差別極まる「新入管法」参照。

初出:『週刊金曜日』2021年1月29日号(1314号)

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