【読む映画】『夜明けの祈り』

「国家の都合」に消されかけた性犯罪

《初出:『週刊金曜日』2017年7月28日号(1146号)、境分万純名義》

 第2次世界大戦終結前後のポーランドで活動した、実在のフランス人女性医師マドレーヌ・ポーリアックが遺した記録に基づくドラマだ。

 ワルシャワのフランス赤十字で、同国人の保護や帰還支援をしていた若い医師マチルド(マドレーヌの劇中名)は、見知らぬポーランド人修道女に請われて郊外の修道院に赴く。信じがたいことに、そこには妊娠中の修道女が7人いた。それはソ連兵による蛮行のためだと聞いて、さらに衝撃を受ける。

 修道院長は事件が外部に漏れることを極端に恐れ、自国の医療機関には絶対に頼れないと言う。
 マチルドはやむなく、ひとりひそかに施療や出産介助に通うことを決意。そこから、信仰と被害の狭間で苦悩する修道女たちの姿をさまざまに目にしていく。しだいに親しくなった院長の補佐役マリアは、ある日、こう吐露した。「どんなに祈っても心が慰められないの。毎日あの時の光景が蘇ってくる。男たちの臭いまで」

 この事件は最近までほとんど知られていなかったという。
 まず、ソ連軍がナチスドイツからの「解放者」であるため、その犯罪を告発しにくかったことがある。また、戦後ソ連の衛星国になった共産主義政権下で、宗教組織は、いわば反革命の危険をはらむ警戒される存在だった。そこへ修道女の集団妊娠という、うわべからするとスキャンダラスな状況が公になれば、修道院取りつぶしの口実にされかねなかった。

 平時でさえ性暴力の告発は非常に過酷で困難だが、加えて戦時下、しかも「国家の都合」が重なれば、それがどれだけ増幅されるか。「慰安婦」はもとより、いまだ戦火がやまない紛争地すべてに、想像力を強くうながす。

監督:アンヌ・フォンテーヌ
出演:ルー・ドゥ・ラージュ、アガタ・ブゼク、アガタ・クレシャ、ヴァンサン・マケーニュほか
2016年/仏=ポーランド/115分


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