藝大DOOR ドキュメンタリー制作 課題映画: 友だちのうちはどこ?
DOORの選択授業でとったドキュメンタリー制作。
カメラのポジショニング、動かし方、それぞれの呼び方などといったところから始まって、ドキュメンタリー作成の基本技術を勉強中。
先生曰く、映像制作に教科書はない。映画をたくさん見ることが勉強。
で、毎週、課題映画(図書ではなく)が一つ出る。2回目の今回は1987年のイラク映画「友達のうちはどこ?」
第6回 「東南アジア・インド・中近東映画」の解説は以下。
イランの田舎の村コケルの小学校に通うアハマッドが、家に帰って宿題をしようとすると、同じクラスのネマツァデのノートも間違えて持ち帰っているとこに気づいた。ネマツァデは以前から宿題をノートに書いてこなかったことが度々あり、今度ノートに書いてこなければ退学にすると先生から注意されていたのだった。それを知っていたアハマッドは、ネマツァデが住む隣り村のポシュテへと向かいノートを返そうと決意した。
些細なことで退学にすると注意する学校の教師、アハマッドがノートを返すために家を出よう事情を説明しても、母親は友達と遊びたいがために嘘とついていると思い叱る。コケルとポシュテを行き来するアハマッドの様子を見ていた祖父は、アハマッドにとにかく祖父である自分の言うことを聞くよう命じた。この他に登場する大人たちも、ネマツァデの家を探すアハマッドに対して積極的に助けの手を差し伸べてくれる大人はほとんど登場しない。
一見すると、ひとりの少年がノートを返すまでの冒険映画のようにもみえるが、登場する大人たちは西洋諸国の民主主義を受け入れるよう推し進める姿勢や、この土地に住む人が持つ古来からの思想などを暗示しており、そのなかで翻弄される子供たちは、社会が変化することを求められる中で右往左往しているイランという国そのものを表している。「そして人生はつづく」「オリーブの林をぬけて」へと続く「ジグザグ道三部作」の一作目。
印象的だったのは、子どもの目から見ると、大人の言い分が実にいい加減なこと。特にアハマッドのおじいちゃんはひどい。子どもはげんこつを食らうことで礼儀を覚えるというご意見。それに対して話をしていた別のおじいちゃんが「もし、礼儀正しい子だったらどうする?」と聴くと、「それでも、どこか悪いところを見つけて4日に一回はなぐるんだ」みたいなことを言う。それが、子どもをしつける道。学校の担任も、毎日顔を合わせているのに、子ども達がどこから通ってきているのかも、どの子がどの子の従兄弟かも知らない。一方通行の授業。みんな、子どもの頃は違う感性を持っていたはずなのに……いつ頃からそうなるんだろう、などと改めて考える。
アハマッドが友達の家を探して右往左往する山の街ポシュテは木と石の家が迷路のように建ち並ぶ。その街で木製の窓と扉を作ってきた職人が、唯一、迷って困っているアハマッドに道案内を買って出た。他の人はみな無関心。おじいさんは、最近の人々が彼の作ってきた木製扉ではなく「一生もつ」と言われる鉄扉を好むことを嘆く。俺の作ったもののどこが悪いんだ。45年ももっているのに、と。彼が嘆きながら歩く街のそこここに装飾を施した美しい彼が作った窓が浮かび上がる。
なぜ、街がいいのか理解できない。
一生持つものはそんなに大事か。人間はそんなに長生きをしないのに。
歩くのが遅いと言われ、アハマッドにおいていかれるおじいさん。
でも、犬におびえて立ち往生しているアハマッドにおいつき、
「ほら、遅くないだろう」
おじいさんはある意味、アハマッドのおじいちゃんの対極にいる感じがする。ガンコで力尽くで目下の者を従わせようとするおじいちゃん。町を好んで出て行く弟と甥をとめられなかった扉職人。
私には扉職人の一人語りが、監督の思いに聞こえた。
だから、その扉職人がユダヤ人だと気がついたときは驚いた。
いや、よく見れば最初からそうだとわかる風体だったのだろうけれど、
彼がアハマッドと別れて自室に戻り、電灯の光に照らされるまで、私は彼がキッパーをかぶってスーツ姿だと気がつかなかった。
ポシュテではマイノリティ中のマイノリティであろう人に、
伝統と大人のへ理屈をこねるおじいちゃんと対極の思いを語らせるのは、
結構すごいことだよなぁ、と、心底思った。
そして、山岳地帯の街、低木の続く森。ヤギの群れ。スイッチバックという言葉を思い出すジグザグの道。一つひとつの農村の風景、そして、光と闇の美しさ。堪能しました。